.輪王寺大猷院霊廟

所在地 栃木県日光市山内 種別 近世以前/神社
構造形式 本殿: 桁行三間、梁間三間、一重もこし付、入母屋造、銅瓦葺
相の間: 桁行三間、梁間一間、一重、両下造、銅瓦葺
拝殿: 桁行七間、梁間三間、一重、入母屋造、正面千鳥破風付、向拝三間、軒唐破風付、銅瓦葺
時代区分 江戸前期 年代 承応2年(1653)
指定年月日 1952.11.22(昭和27.11.22) 所有者 輪王寺
日光は奈良時代の末に勝道上人によって開かれたとされ、山岳信仰の聖地であった。慶長18年(1613)、徳川家康の命を受けた天海上人のもと、二荒山神社、日光東照宮、輪王寺の二社一寺が整備され、発展した。
輪王寺は、勝道上人の創建になるとされ、慈覚大師円仁が来山して天台宗となった。明暦元年(1655)に座主の守澄法親王が輪王寺宮を称し、以後、寺名を輪王寺とする。
大猷院霊廟はコ川3代將軍家光の廟である。家光の遺命により、子の4代将軍家綱が造営した。「大猷院」は家光が死後、後光明天皇からたまわった法号。本殿、相の間、拝殿はこの霊廟の建築中最も力をつくした部分で、全体にわたり漆を塗りこれに金箔をおし、或いは極彩色をほどこし莊麗であって東照宮とともに江戸時代初期を代表する建築である。


大猷院霊廟は仏堂建築であるが、前方の拝殿と、後方の拝殿の間を、相の間で繋ぐという、東照宮の権現造と同じ平面「エ」の字形に造営されている。東照宮と同様に金箔、漆塗、彫刻など、華美な装飾が施されているが、東照宮よりも後に建造されたので、完成度がより高い。


拝殿
屋根の正面に千鳥破風向拝には軒唐破風
本殿
軒下に裳階が設けられた禅宗様式
相の間


拝殿の組物 本殿の桟唐戸
相の間の蟇股 相の間の桟唐戸とその両側の華頭窓

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