光浄院客殿
所在地 | 滋賀県大津市園城寺町 | 種別 | 住宅 |
構造形式 | 桁行七間、梁間六間、一重、入母屋造、妻入、正面軒唐破風付 中門 桁行一間、梁間一間、一重、切妻造 総こけら葺 |
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時代区分 | 桃山 | 年代 | 慶長6年(1601) |
指定年月日 | 1952.11.22 | 所有者 | 園城寺 |
光浄院は、近江の領主山岡氏が室町時代に創建した、園城寺の子院である。勧学院客殿と同様に、豊臣秀吉の闕所破却の法難の後の復興時に、山岡氏の道阿弥景友によって、慶長6年(1601)に再興されたと記録されている。景友は、瀬田城主の山岡景隆の弟であり、足利義昭や織田信長に仕え、関ヶ原では東軍に属して戦功を挙げた。 勧学院客殿とともに、桃山時代の代表的な住宅建築の一つ。 |
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勧学院客殿と同じく一般公開されていない。国宝を、屋根しか見ることができないのは、嘆かわしい限り。 入母屋破風と、軒唐破風が見える。またその左の切妻屋根は、中門。 勧学院客殿と殆ど同じ造りであるが、光浄院のほうが、梁間が一間小さい。 |