光明寺二王門
所在地 | 京都府綾部市睦合 | 種別 | 寺院 |
構造形式 | 三間一戸二重門 入母屋造 とち葺 | ||
時代区分 | 鎌倉前期 | 年代 | 宝治2年(1248) |
指定年月日 | 1954.03.20 | 所有者 | 光明寺 |
光明寺は、君尾山の山中にある山寺。推古7年(599)、勅願により聖徳太子が創建したと伝わる。その後、延喜年間(901-923)に、醍醐寺の理源大師聖宝によって、真言道場として復興されたとされる古刹。 二王門は、昭和27年の解体修理の際に見つかった棟札や墨書によって、宝治2年(1248)頃の鎌倉前期に建造されたと判明。 初層にも屋根を付ける二重門であり、下重の両脇間に床を張り、二王像を安置している。二重門は最も格式の高い楼門とされるが、鎌倉時代以降すたれているので、貴重な遺構。 |
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建築形式は、全体は和様で、一部に天竺様(大仏様)の影響がみられるとされる。 屋根は栗の板で葺いたとち葺きであり、全国的にも珍しい。 用材はほとんどが杉の木とされており、この点も珍しい。 |
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正面全景 | ||
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背面全景 | ||
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左斜めからの全景 |
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下重の軒下の組手 大斗、肘木、尾垂木、巻斗を組み合わせた三手先で組手が形成されている。 垂木は二軒・繁垂木。軒下の組入天井と丸桁とを支輪で繋いでいる。 |
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下重天井 天井は小組格天井 |
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下重と上重の正面 | 下重と上重の左隅 | |
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三手先の組み物と、平行垂木が美しい。 朱塗りは、昭和25年の解体修理のときのものだろうが、朱色のあざやかさと、風化の度合いとのバランスがとれて、丁度よい具合になっている。 |
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下重と上重の右 |
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