長保寺大門

所在地 和歌山県海南市下津町上 種別 近世以前/寺院
構造形式 三間一戸楼門、入母屋造、本瓦葺
時代区分 室町前期 年代 嘉慶2年(1388)
指定年月日 1953.03.31(0131) 所有者 長保寺
長保寺は、一条天皇の勅願を受け、長保2年(1000)に性空上人により創建されたと伝えられる。鎌倉時代以降、主要な伽藍が整備されるが、戦国期に入って一時的に衰退したといわれる。
そして江戸時代に入り、徳川頼宣が紀州に入封すると、寛文6年(1666)に長保寺は紀州徳川家の菩提寺に定められる。このときに、宗旨も真言宗から天台宗へと改められた。長保寺には、将軍となった5代吉宗と、13代慶福(家茂)を除く、15代の藩主の廟所が設置されている。
境内には、本堂(1311年)、多宝塔(1357年)、大門(1388年)と3棟の国宝建築がある。伽藍の主要建物が余り時代の離れない頃に建立され揃っていることは珍らしい。また1295年に建立された重文の鎮守堂もある。


大門は、後小松天皇の勅宣を受けて、嘉慶2年(1388)に再建されたもの。

入母屋造本瓦葺の三間一戸楼門である。

二王像は、弘安9年(1276)の堪慶作と伝えられる。
文化庁の解説文
「大門は嘉慶二年の建立で、形態のよく整った代表的な楼門の一つである。和様を基調としたその細部は室町時代初期の特色を持っている
。」


組物は、尾垂木を三手先とする三手先組である。 楼門内部


国道42号線、長保寺入口交差点を西に入り、約1km。わかりやすい。

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