白鳥城
所 在 地 | 富山県富山市吉作 | 別 名 | |
遺 構 | 曲輪、土塁、堀切 | 形 式 | 山城(145m) |
築 城 者 | 神保長職 | 築 城 年 | 天文年間 |
歴 史 | 寿永2年(1183)に、源義仲の武将、今井四郎兼平が陣を張ったとするのが最初の記録とされる。 遺跡として残る白鳥城の築城年代は不明であるが、富山城の出城として、天文12年(1543)頃、神保長職によって築城されたといわれる。 その後、上杉氏配下の城となり、さらに織田信長の北陸進出に拠って、信長の支配するところとなり、佐々成政の城となる。 天正13年(1585)、富山城に拠る佐々成政が豊臣秀吉と対立した際、富山城を攻めるために、秀吉は白鳥城に陣を構えた。 この後、白鳥城は、放置された。 |
歴 代 城 主 | 神保氏 佐々成政 豊臣秀吉 |
本丸曲輪
本丸曲輪からの眺望、富山平野と立山連峰
西の丸曲輪
白鳥城は、富山市の東郊外の、富山平野を見下ろす呉羽丘陵の最高位置にある。県道44号線と県道9号線の両方から呉羽丘陵へ上がる車道があり、城跡への入口の近辺の道端に車を置くことができる。 遺構は殆ど失われているが、本丸、二の丸、三の丸、西の丸、東の丸の各曲輪跡が残っており、城山公園として整備されている。(2007.05.11) |