信貴山城
所 在 地 | 奈良県平群郡信貴山 | 別 名 | ― |
遺 構 | 堀切、土塁 | 形 式 | 山城 |
築 城 者 | 木沢長政 | 築 城 年 | 天文5年(1535) |
歴 史 | 信貴山は、古くは、天智天皇のときの、高安城の中心城域となる。また中世には、護良親王の、鎌倉幕府軍に対する戦略拠点となる。 天文5年(1535)、木沢長政が、信貴山上に城郭を築いた。 永禄2年(1558)、松永久秀が、大和に侵入する。そして信貴山城に入城して、城を完成させた。 松永久秀は、織田信長に一時臣従するが、天正5年(1577)に反旗を翻して、信貴山城に籠城した。しかし織田信忠に攻められ、落城した。以後、廃城となる。 |
歴 代 城 主 | 木沢長政、松永久秀 |
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現地案内板より |
切などの空堀、曲輪の土塁、門跡などが残されているとされるが、植林等の下に隠れ、見出すことができない。 石碑と説明板で、往時を偲ぶのみ。 |