笠置山城
所 在 地 | 京都府相楽郡笠置町笠置山 | 別 名 | ― |
遺 構 | 曲輪、堀 | 形 式 | 山城 |
築 城 者 | 木沢長政 | 築 城 年 | 天文10年(1541)頃 |
歴 史 | 奈良時代以降、笠置山には笠置寺が存在し、修験の山であった。城はこの山岳寺院を利用したもの。 元弘8年(1331)、 後醍醐天皇、挙兵し、笠置寺を行在所として、笠置山に立て籠るが、幕府軍に攻められ、退去する。 戦国時代には、山城国守護代の木沢長政によって、笠置山の城郭が整備される。実質的に、笠置山城の築城はこのときに行なわれたものと考えるべきだろう。 天文10年(1541)に、笠置山城を舞台に合戦があったことが記録に残っているという。 |
歴 代 城 主 | 木沢長政他 |
笠置山全景 手前の川は木津川 | 笠置山上からの眺望 | |
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尾根上に連廓式山城の平坦地が認められ、部分的に堀切がみられるとされるが、いずれも未確認。 |