声の調子も、淡々としたものになって…まるで、独り言のように話し続けたケロ。 「青竜の神殿に立ちこめていたあの毒水の臭い…あたし、嗅いだことがあった。 夢の中の臭い。…いつかかえるクンにも話した、 あの怖い夢の中に出てくる臭いだった…。 それで、夢の時と同じに、気分が悪くなったの…でも、それはほんのちょっとだけ。 モンスターもいっぱい出てきて、それどころじゃなかったしね…」 その後つぶやいた言葉は、本当の独り言だったケロ。 「…なのに、どうしてマーロ君には分かってしまったのかな。 あたし、そんなに顔色悪かったのかな…」 ぼくは、そっと喉を鳴らしたケロ。 「それで、どうなったケロ?」 「…あ、うん。それで、モンスターをやっつけて、どんどん進んでいったら、奥では、 あの不思議な女の人が待っていたの。 嬉しそうなんだけど、悲しそうなんだけど、優しそうなんだけど、ちょっと怖い顔してた。 あたしを見て、にっこりして、『来てくれたのね』って。 …それから、いっぱい、いろんなこと話してくれた…びっくりすることばっかり、 たくさんたくさん…」 ティシアは、深く息をついたケロ。 「その人が、あたしの母さんだった」 つまり、死んだティシアのお母さんの、魂だったんだケロ。 「…母さんと青い竜の子供があたしで、だから、青い竜はあたしの父さんで…」 急に、ティシアの目がぼくを映して、きらりと光ったケロ。 「…だから、あたしは竜で。 聞いたときは、驚いたよ。驚いたけど、そんなに大したことだと思わなかった」 と、小さく息をついで、 「でも、マーロ君が、すごくショックを受けてて…あたしが『人間じゃない』ってことに、 すごく、すごくショックを…。 …それが、とってもショックで…」 言いながら、なにかをこらえているティシアの顔を見て、ぼくはひどく腹が立ったケロ。 そこにマーロがいたら、きっと喉笛に飛びついていたケロ。 ぼくは、黙ってティシアの手にそっと前足を乗せて、こくこくとうなづいたケロ。 ティシアは、ぼくを見てちょっと微笑んだケロ。 「それでね…」 ティシアは、淡々とした話しぶりに戻って続けたケロ。 「それから、その人…つまり母さんは…言ったの。青い竜は、毒で正気を無くしているって。 暴れて、悪い事するかも知れないから、その前にあたしに倒してやって欲しいって…。 そう頼んだときの母さんの顔、すごく辛そうだった」 ティシアの声が、わずかに震えたケロ。でも、口調はよどみなく… 「…でもあたし、その時は、まだ何も思い出せなかったから、父親を倒すんだって言われても、 いまいちピンとこなくて」 ティシアは、困ったように小さく首を振ったケロ。 「とにかく、大きくて、強くて、狂っている竜と戦わなきゃならないんだって、 それだけ覚悟して …青い竜のいる部屋に入ったの そのとたん、こんな叫び声が…」 ティシアは、壊れた…と、いうより、狂った角笛のような吼え声を出したケロ。 かすれて、ちょうしっぱずれで、苦しげなのに凶暴そうで。とにかく恐ろしい声だったケロ。 ぼくは思わず、ごくりとつばを飲んだケロ。 …でも、そのあとの、身振り手振りをたっぷり交えた、ティシアの話、 文字にすると訳わかんないから、要約しちゃうケロ。 …吼え声がした方に…広い部屋の向こう側に、巨大で長い、どす黒い竜の体が のたうち回っていそうだケロ。 部屋の扉が開くと、竜は、でたらめにのたうちながらも、恐ろしいほどの勢いで部屋を横切って ティシア達の方へ近づいて来たんだそうだケロ。 …そして、きらきらと白く輝く霧のような美しいブレスを、 まっすぐティシア達に向けて吐きつけて来たんだケロ。 戦いが始まったケロ。 「強かったよ、青い竜は。だから、戦っている間は、何も余計なことは考えていられなかった。 前の日まで、あれだけ訓練してなきゃ…そして、マーロ君がいてくれなきゃ、 とても勝てなかったと思う」 竜はでたらめに暴れ狂っているようでも、その攻撃は鋭くて、 下手に近づけなかったらしいケロ。おまけに、リーチの長い光るブレスは、 かすっただけで皮膚が破れて、血が噴出したそうだケロ。 ティシアは、次々繰り出される爪だの牙だのブレスだのをかいくぐりながら、 命がけの一撃離脱を繰り返したんだケロ。 マーロの魔法に危ないところを助けられたり、逆にティシアが間一髪の一撃でマーロへの 狙いをそらしたり、そんなことも、一度や二度じゃなかったみたいだケロ。 そうやって、お互いに傷だらけになりながら戦ううちに… 「…だんだん、竜の動きが遅くなってきて、戦いが楽になってきた…って、思ってたら、 突然、竜がうつぶせに倒れて…」 突然、ティシアはぼくから目を下にそらしたケロ。淡々とした声が、低いつぶやきに… 本当の独り言に変わったケロ。 「その大きな背中を見たとき、あたし、思い出した。 あたし、この背中よく知ってるって…。よく、よじ登って遊んだこの背中だって…。 そしたら、どんどん、どんどん、いろんな思い出が一度に帰ってきた。 この足。いつも追っかけまわして、神殿中走り回っていた、この大きな足。 このしっぽ。いつか、いたずらして噛みついたっけ…振り向いた父さん、怖い顔してたけど、 目が笑ってたっけ…。 この翼。いつか大きさを比べっこして、どれだけ大きくなったら父さんみたいに 飛べるのかって、聞いたっけ…。 他にもいっぱい。色々な記憶が、あふれてきて…どんどん、どんどん…」 つぶやくようなティシアの声が、掠れてとぎれたケロ。 少しの間を置いて、ティシアはまた語り始めたケロ。 「あたし、思わず父さんの頭に駆け寄ったの。 そしたら…父さんは、正気の目で…あの優しい目で、あたしの目を見て。あの声で、 あたしの名前を呼んで… 会えて、嬉しいって、本当に嬉しいって言って…そして、話してくれたの…昔のことを」 ティシアの声が、さらにいっそう低くなったケロ。 |