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清明の土産話(1)


 ティシアが、呪いを解いてコロナの街に帰ってきたその日の晩には、 階下の酒場には当たり前のように仲間達が集まってきたケロ。 そして、当前のように祝宴が始まったケロ。
 祝宴は、いつ果てるともなく続いたケロも、夜半を大分過ぎてようやく、 ティシアは、元気よく部屋に帰ってきたケロ。

部屋に入ってきたティシアは
「お待たせ!」
と言いながら、ベッドに腰をおろし、ぐるりと体を回してぼくの正面に 向かい合ったケロ。
「じゃさ、始めよっか」
「始めるって…何をケロ?」
「今度の冒険の話。部屋に帰ってきたらするって約束してたっしょ?」
 確かに、祝宴の前に部屋を出るとき、約束してたケロ。でも…ぼくはティシアの 目の下のくまが気になったケロ。
「ティシア、疲れてるケロ? 明日でいいケロ」
 そう言ったら、ティシアはにこりと笑って首を振ったケロ。
「ううん。大丈夫! だって、早くかえるクンに聞いて欲しくて、 早めにあがってきたんだもん。ね、聞いてよ」
 そう言われて、ぼくに文句のあるはずもなかったケロ。

 ぼくもティシアも、楽な姿勢でベッドに座り直したケロ。 ティシアは口を開いたケロも…ちょっと眉を寄せて、
「…えーと、えーと。…何から話そっか」
 ぼくは答えて、
「やっぱり、ここを出たときから…あ、その前から話して欲しいケロ。
 ティシア、三月の終わり頃から、ずっと冒険に備えてたみたいだったケロも… リンから、来てくれって手紙が来ること、どうして分かってたんだケロ?」
「ううん。知らなかったよ、何にも。ちょっと、予感みたいなモノは…してた、かな?
 でもさ、『最後までに絶対何かある』って信じてないと、 どうかなっちゃいそうだったから。予感を一生懸命信じてただけ。  …今だから、言えるんだけどね」

 そして31日の朝。
 ティシアが大通りに出てくるのを待っていたように、 マーロとロッドが姿を現したんだそうだケロ。
「2人とも、前の晩に、あたしがさっさと寝ちゃったって聞いて、 それで、自分たちも早く寝て、準備してたんだって。
あの時は、ほんとに嬉しかったよ」

 それから、ラドゥに魔法で送ってもらって、アトランティーナ湖の近くまで 行ったんだそうだケロ。
 聞いた話では、湖の近くで、なにやらゴタゴタがあったらしいんだケロも…。 それについては、ティシアは、話したくないようだったケロ。
 ぼくが聞いても、妙に沈んだ顔をして首を振っただけで、 話を先へ進めてしまったケロ。

「湖が見えてきたときにね、『あれ、水がきれいに見える』って思ったの」
「ケロ? アトランティーナの湖は、毒で汚染されて…傍目にも、 どす黒く見えるという話だったケロ…?」
「うん。でも、近づいてみたら、ほんとに水はきれいでね。
 それに、リンさんの他にも、人がいっぱいいて。元々アトランティーナに 住んでた人とか、水源の町の人とか。
 みんなで、あたしのために湖にきれいな水を引いてくれたんだって。 で、驚かそうと思って秘密にしてたっていうんだけど」
「けど? …ありがた迷惑だったケロ?」
「そんな。迷惑ってことはなかったけど…もちろん、驚いたし、 感激もしたけど…もっと早くに教えて欲しかったなって。
 そしたら、昨日までずっと毎日、あんな思いで訓練ばっかししなくて すんだのになって。
 ……そう思ったの。その時はね」

 ただ、湖の水がきれいになっても、竜のいる神殿の回りだけは、 毒が残っていたそうだケロ。
「神殿の屋根の見えてる周りだけ、水が黒いようないやぁな色していてね、 見ているだけで変に胸がどきどきして」

 で、ティシアは、水の中でも息が出来るっていう、 アトランティーナ製の魔法の帽子をもらって湖に入ったんだそうだケロ。
「その帽子、もう、この世に一個しか残ってないっていうから、 すごいお宝よね。
掠め取って盗賊ギルドで売ったら、いくら儲かるかな…なんて思っちゃった」
「おいおい…ケロ」

 そして、いよいよ湖に入ろうとしたその時、一人の不思議な女性が、 湖の上に姿を現したんだそうだケロ。
「一度あったら忘れられない、不思議な感じの人だったわ。
 顔を見ただけで優しい気持ちになれるような…」
 ティシアは、遠くを見る目になって言ったケロ。
 その人は、ティシアの名を呼んで、湖の神殿へと誘ったそうだケロ。
「一人で神殿まで来て、水竜を助けて欲しいって…」

「ってことは、ティシア、一人だけで湖にはいったんだケロ?」
 ぼくが口を挟むと、ティシアははにかんだように笑って、
「うん…最初はね」
「最初は…ケロ?」
「うん。あたしが底について歩き始めた時ね、いきなり、 上から飛び込んできたのよ…マーロ君が。  マーロ君、泳ぐのも潜るのもド下手でね…水ン中で、こーんな感じで バタバタしてんの」
 ティシアは、熱すぎるお風呂に放り込まれた猫みたいに手足を じたばたさせて見せたケロ。
「見てらんなくて、思わず『何してんのよ!』って怒鳴っちゃった」
「マーロは、なんて言ったんだケロ?」
「何にも言えないよ。だって水の中だもん。…でも、ものすごい顔して、 まっすぐ追っかけて来るんだもん。 『連れてけ!』って言いたかったんだってことくらい、わかるよ」
「で、どうしたんだケロ?」
「もちろん、一緒に行ったよ。そこまでして来てくれたんだもん…
それにね、やっぱり、一人だけで行くのはちょっと…心細、かった…しね。 まあ、何があるかわかんなかったから」
 ああ…そのとき、ぼくがそこにいたらなぁ…。

「ケロ?」
 ぼくは、首をひねったケロ。
「でも、水中呼吸の帽子は一つしかなかったんだケロ?  そんなに泳ぎが下手じゃ…」
 すると、ティシアは、ふっと目を伏せたケロ。
「それがね…あたし、自分でも知らなかったんだけど…水の中でも、息、 できるんだ」
「ケロ!」
 …そうか、ティシアは、竜だったケロね。
「帽子を脱いだら、かえって息がずっと楽になって。 自分でも、びっくりしたよ。
 それで、2人で湖の底を歩いていったの…」

 ティシアの目が、また遠くを見つめたケロ。
「…神殿までの道って、迷路みたいになっていてね。 ずいぶん歩いたけんだけど、どこまで行っても、砂と岩だけなの。
 砂漠みたいで、なんにも生えてなくて、なあんにもいないの。 歩いても、歩いても…」
 ティシアの目が少しうるんで見えたケロ。
「なんだか寂しくなって、悲しい気持ちになっちゃって…。
 それで、早くこんなところは通り抜けちゃって、神殿に入ろうって思って、 急いで歩いたの。
 でも、神殿が見えたとき、急に、あの、嫌な臭いがしたの…」

 ここまで話したとき、不意にティシアの目の輝きが暗く沈んだケロ。
 その瞳はぼくを映していたケロも、どこも見てはいなかったケロ。


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