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 チビドラの頭の中で煮えたぎっていた怒りが一気に冷えて、 恐ろしさの冷たい塊がお腹の中でとぐろを巻きました。

 以前、ドーソンが話してくれたことがあります。この街の地下水路は、 とっても広くて入り組んでいて…おまけに、化け物みたいに大きくて、 毒まで持っているヘビやヒキガエルなんかが、いっぱい住み着いていていると。
 迷い込んだ猫一匹を探し出すのが、一日がかりの冒険だったと…。

 チビドラは、びくりと耳をそばだてました。今、不自然な水音がしなかったでしょうか。
 尻尾で体をしっかり巻いて、出来る限り縮こまったチビドラは、何も見えない宙に向けて、 耳と鼻を精一杯働かせました。

 …どんなに嗅いでも、耳を尖らせても、生き物の気配はありません。
 いつまでたっても、何も起こりません。それに、濡れた床につけたお尻がだんだん 冷たくなってきました。

「キュ…」
 チビドラは、思い切って立ち上がりました。前足で床を探りながら、 そろそろと進んでみると、数歩で石の壁に突き当たりました。
 今度は、壁に沿ってそろそろと歩いてみました。

 用心しいしい、チビドラは進みました。
 たしか、この地下水路には、猫なら簡単に出入りできる場所が沢山あったはずです。 猫が通れる場所なら、チビドラだって通れるはずです。
 最初の10歩ほどを歩くと、あとはだんだん慣れて、スピードが上がります。
 人間よりは夜目も鼻も、耳だってよく利くから、いきなり水に突っ込んだり、 壁にぶつかったりするようなへまはしません。
 ちょっと得意になって、尻尾をぐっと立てたとき…。

 ぺたり。尻尾の先に、何かが触れました。

 振り向くと、むっと生臭い臭い。
 …何かがいます。何か、べちょべちょした大きなものが。
「キュイイーー!」
 その何かに、後ろから忍び寄られていたと気付いたチビドラは、悲鳴をあげて前に飛び出しました。
 とたんに前足が、もっとべちょべちょしたものに突っ込みました。強烈な生臭さが、鼻を打ちます。
「ギャウウウーーー!!!」
 パニックを起こしたチビドラ。どっちを向いても、闇の中で見えない生き物にぶつかります。
 地下水道を住処にする肉食のやつらにとって、日のさす世界から落ちてきた幼い生き物を 気付かれないように追い詰めるのは、造作もないことだったのです。

 …が、なぜか生き物達は、それ以上近づいて来ませんでした。 本当なら、チビドラが気付いた次の瞬間には、食いつかれていても不思議はないのに。
 でも、すぐにその訳が、チビドラにも分かりました。通路の向こうから、 重たい足音が聞こえたのです。次の瞬間には、橙色の松明の光が、 軽い足音と一緒に落ちて来るのが見えました。

『夢馬(ナイトメア)、眠りを運べ!
 急げ! 頼む! 恩に着る!!』

 聞き慣れた、鐘の音に似た太い声が、地下水道にワンワンと反響しました。
 同時に、チビドラの周りで、くるくると冷たくさわやかな風が渦を巻きました。
とたんに、体がずん、と重くなるのを感じ…意識まで、 その重さの中に吸い込まれるように消えていき…。

「チビ、こらチビ、起きろ!」
 …しかし、完全に消え去る前に、チビドラの意識は、ドーソンの声に元の場所まで 引きずり戻されました。
 目を開けると、ドーソンの腕に抱えられていました。その向こうには、ルーの姿も見えます。
 ドーソンの背後に、ルーのかざす松明の光に照らされて、さっきの生き物たちのぬめぬめした姿が かすかに見えています。
 明かりの下で見ると、眠っている生物はどれも、チビドラが拍子抜けするほど、 小さくて弱そうなやつばかりでした。
「大丈夫? どこも痛くない?」
 ルーが心配そうに覗き込んで尋ねるのへ、チビドラは首を横に振って見せました。
「大丈夫に決まってる。俺の眠りの風の魔法で、ちょっと寝とぼけてるだけだ…なんたって、 コイツは神龍の子だぞ」
 ドーソンがぶっきらぼうに言いながら、ルーに精霊使いの杖を渡して、 地下水路のはしごに手をかけました。



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