地上に上るときも、地下水路への降り口の蓋を閉じる間も、ドーソンは片腕で痛いぐらいしっかりと
チビドラを抱え、その尻尾を握り締めていました。
降り口が、元通りにしっかり閉まったとたん、
「チビ、ルーにありがとうとごめんなさいを言いなさい! ルーが見つけてくれなかったら、
お前、今ごろ死んでたんだぞ!」
厳しい調子でドーソンに言われて、しょんぼりとなったチビドラは、大人しく頭を下げました。
「キュウ…」
「まあまあ…無事だったんだから、良かったじゃない。
チビドラちゃんも懲りてるだろうし、許してあげなよ。
それよりチビドラちゃん、濡れてるじゃない。早く帰って、拭いてあげたら」
ルーは、そう言ってとりなしてくれました。
「…むう。そうだな」
ドーソンが尻尾を掴む力を少し緩めてくれたので、チビドラはほっと息をつきました。
「ルー、急ぎでなかったら、少し冒険者宿の酒場に寄ってかないか。
すっかり世話になってしまったし、お礼に茶でもおごらせてくれ」
ドーソンがそう言うと、チビドラも熱心にうなずいて、ルーの袖を軽くくわえてひっぱりました。
冒険者宿の酒場は、まだがらんとしていました。
片隅のテーブルの上で、ゴシゴシ体を拭いてもらいながら、
チビドラはお皿に山と積んであるクラッカーをちびちびかじっていました。
テーブルには、ミルクのお皿やサンドイッチ、
それにドーソンとルーの分の紅茶のカップも乗っています。
「…で、けんかの原因は一体なんだったのよ?」
ルーに訊かれて、ドーソンは顔を赤くしました。そわそわと体を揺すりながら、
「いや…実は…これなのだ」
もそもそと言って、ポケットから引っ張り出したしわくちゃの紙包みをテーブルに置きました。
はがれた包みの中から、可愛いかえるの刺繍がのぞいています。
「あら、かわいい」
ルーがそっと広げてみると、それは赤ちゃん用のケープでした。かえるとチューリップの柄で、
ニットのフリルがついています。
「ちょうど、大きさがぴったりだったのでな。
ちと寒くなってきたし、チビドラの防寒用に、まあ、悪くはないだろうと思って買ったのだが…」
と、ドーソンはルーから目をそらし、チビドラの背中を見つめながら言い訳しました。
チビドラは、ケープを見たとたん、そっぽを向いて座りなおしています。
「当人がここまで気に入らないのでは仕方がない…。ルー、良かったら、やるよ。
おまえのところの猫にでもどうだ?」
「ははあ…」
ルーは、おかしそうにくすっと笑いました。ルーがたまに飼い猫のルビーの首輪を
おしゃれなのに付け替えたり、ベストを着せたりしているのを、
チビドラはドーソンと一緒に見ていたのでしょう。
だから、さっきも、自分の味方になってくれないと思って逃げたんだ…と、気がついたのです。
「ありがとう…とりあえず、もらっていくわ」
ルーはそう言って、さっとケープを荷物にしまいました。
「ルビーが気に入るかどうか分からないけど、ダメならあげる当てもあるし。
ドーソン…子供のプライドは、無視しちゃダメよ」
ひとときの休憩から続けて、結局夕ご飯も一緒に食べることになり
…飛び入りのアルターも交えた賑やかな夕食を終えて…。
「チビドラちゃん、また何かあったら、遠慮なく家においでよ。あたしが味方になったげるから」
との言葉を残して、ルーは帰っていきました。
ルーを見送った後…。
ドーソンとチビドラは、部屋に帰ろうと、二階への階段を上がりました。
階段の上にきたドーソンは、周りに誰もいないのを確認すると、改まった低い声で、
チビドラを呼びました。
「チビ…」
「キュウ…」
「…今日のことは、まあ、俺も悪かった…。それは、まあ、…すまん。
それに、ルーに免じてこれ以上何も言わないことにする。だが…」
と、声のトーンをさらに落として、
「…これだけは、言わせてもらうぞ…」
そして、チビドラの首根っこを捕まえました。チビドラは観念して、きゅっと目をつむりました。
チビドラを抱えて、その顔を自分の目の前に持ってきたドーソンの顔が、突然くしゃりと、
お湯をぶっ掛けた砂糖菓子のように崩れました。
「もう…チビたんたら、こんなに心配させて…悪い子ちゃんでちゅねぇ!」
だだ甘の声でチビドラの耳にそうささやくと、ドーソンは、そのままぎゅっとチビドラを
抱きしめました。
…チビドラは、そっとあきらめのため息をつくと、
「キュウ…」
小さな甘え声を出して、涙ぐんでいるドーソンのほっぺたに、鼻をすり寄せました。
4000ヒットを踏破されたおりづるさんからのリクエストは、「チビドラの話」でした。
(姿が)人間外の相手との恋仲というネタが結構好物な私としては…
以前おりづるさんがおっしゃった
「チビドラ女の子説」には、かなりときめくものがあったのですが。
一つだけ、大きな問題がありました。
つまり、ドーソンがロリコンになってしまう、という…。
これだけは、どうにも許せないものがありまして。
…で、いろいろ考えるうちに、「ドーソンは実はツンデレ父さんだった!」
…という案が急浮上したのです。
これなら、今までのお話にも、これからの展開にも矛盾しないし、
何より空想(妄想)するのが楽しい!
と、いうわけで書き始めたら、妄想がどんどん暴走して…。
チビドラの小動物的な動きと子供っぽさを描写するのもとても楽しく、ついつい、
かなり長い話になってしまいました。
…いかがでしたでしょうか。
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