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ぼくと俺のプライド


 小さな白い竜の子、チビドラは、ただ一匹で大通りの石畳を走っていました。

 まだ晩ご飯には間がある時間ですが、冬のお日様は早々とコロナの城壁の向こうに沈んで、 夕闇がどんどん濃くなっていきます。
 クリスマスが近いので、大通りの店々はみな明るい灯が灯り、どこもかしこも賑やかな飾りで いっぱいでした。
 チビドラの周りを流れていく無数の人々の足も、 いつもよりいそいそとはずんでいるように見えました。

 チビドラは、沢山の大きな足をちょろちょろとかわしながら、走りつづけました。
 何度か、危うく踏まれそうになったり、蹴とばされかけたりしましたが、足元を行く 小さな白い生き物に気付いた人は誰もいません。
 横丁を曲がり、ひときわ暗く見える人気のない狭い路地に飛び込んだチビドラは、 荒い息をつきながら、さっき駆けて来た大通りの様子をそっとうかがいました。
 通りは喧騒でいっぱいでしたが、「追っ手」の気配はありません。

「キュ…」
 チビドラが、ほっと息をつき、会心の笑みをもらしたそのとき。
「あら、チビドラちゃんじゃない!」
 背後からいきなり声をかけられて、チビドラはびくりと背筋を伸ばしてのけぞりました。
 横ざまに転がりながらあたふたと向きを変えると、すらりとした脚が見えます。 転がったまま見あげると、今のチビドラの保護者であるドーソン・トードの冒険仲間、 盗賊のルーの見知った顔がありました。
 ルーは膝を折ってしゃがみ、チビドラを助け起こすと、その頭にそっと手を乗せました。
「どうしたの、こんな所で。きみ1人?」
「キュ」
 居心地悪そうに、もぞもぞしながらうなずくチビドラ。ルーが続けて、
「ドーソンは?」
 ときくと、チビドラはフンッと鼻を鳴らし、ぐいぐいっと首を横に振りました。
「ギュウウー!」
「ははーん」
 ルーはにやりと笑って、チビドラを抱き上げました。その顔を覗き込んで、
「ケンカしたのね、あなた達」
 こくりとうなずくチビドラ。
「そっか…」
 と、ルーはしばらく考えて、
「何があったか知らないけど…。1人で飛び出してきたんでしょ?  ドーソン、心配してるわよ、きっと。
 戻って、もう一度、よく話し合ってみたほうがいいんじゃないかな。
…確かに彼は、相当変わり者だけど…話のわからない奴じゃないんだからさ」
 チビドラは小首をかしげて、ルーをじっと見あげています。ルーは優しく微笑んで、
「あたしでよかったら、一緒に行って、あなたに口添えしてあげてもいいわよ。どう?」
「キュウ」
 チビドラは、賢そうに大きな目をパチパチさせて、しばらく考えている風でした。…が。
 そのとき、路地の奥で、猫が鳴く声が聞こえました。とたんにチビドラは、 何かを思い出した様子で、キッと顔を上げました。
「ギュウーウ!」
 ルーに向かって激しく首を振るや、いきなり暴れ出したチビドラは、ルーの手をすり抜け、 脱兎のように路地の奥へと駆けて行きました。
 後ろから聞こえるルーの叫び声も聞かず、いやいやをするように首を振りながら、 チビドラは角を曲がり、もっと狭い路地へと駆け込みました。
 そのとき、路地の敷石に、チビドラがやっと入れるくらいの四角い穴があるのを見つけたチビドラは、 しめたとばかりに、スポリとその真っ暗な穴に飛び込みました。

 ところが、穴は思いのほか深かったのです。
「ィィィーーー!!!」
 チビドラの体は、恐ろしい数瞬の間、糸のような悲鳴と一緒に真っ暗闇の中を落ち続け…。
…ゴチッ!!
 濡れた石の床にぶつかって、そこで止まりました。
「………」
 転がったチビドラは、しばらくの間、体を丸め、声を殺して泣いていましたが、 だんだん痛みが治まってくると、あわててよたよたと立ち上がりました。

「キュウウー……」
 見あげると、落ちてきた小さな穴が、闇を四角くくりぬいたようにかすかに明るく見えます。
 きょろきょろと見回しても、他には何も見えません。耳に聞こえるのは、反響する水の音。 鼻に入るのは、水と、よどんだ空気と、カビの臭い。
 地下水路に落ちてしまったのだと、すぐに分かりました。




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