レンジャーの心得がなくとも、ゴブリンの跡を追うのはたやすかった。連中はよほど急いでいるらしく、
下生えを派手に踏み荒らし、時にはぼろ屑や古い骨のかけらを落としていた。 すぐに、ゴブリンどもの立てる騒々しいがさがさ、どしどしという物音や、ゴブリン語の響きが聞こえる ところまで追いついた。 けれども、本当に追いつく前に、足跡はみんな、山中に開いた深い洞窟の中に消えてしまった。 僕は迷った。一人で相手の縄張りに踏み込むべきか…いったん引き上げて、応援を捜すべきか。 いかに昼間のゴブリンどもといえ、狭い洞窟の中で大勢を相手するのはあまりに危険だ。 だが、応援を呼べば、山羊はその間に食われてしまうだろう。 …あの姉弟に、ユニコーンにかけて誓った以上、山羊をあきらめるわけにはいかなかった。 僕は足音を殺して、ゆっくりと洞窟に足を踏み入れた。 中は意外と広かった。天井もそこそこに高い。これなら、充分戦える。僕は意を強くして、 さらに奥へと踏み込んでいった。 と、ずっと奥からゴブリンのものとは思えない野太いうなり声が響いてきた。 何だ? …驚いたが、足は止めなかった。いっそう用心して、そろそろと進む。 奥へ行くほど、洞窟は広くなっていった。壁に沿っていくと、前方の岩壁に明かりが映っているのが見えた。 その時、再びあのうなり声がした。言葉のようだ。立ち止まって耳を澄ますと、今度はゴブリンの声が聞こえた。 たどたどしい共通語でしゃべっている。 「で、でも…それ、はなしがちがうゴブ」 「おれたち、ちゃんと、たべものとってきたゴブ」 するとまたあの野太い声ががなり立てた…今度は、片言の共通語が聞き取れた。 「オレ、クウ、ニンゲン! ニンゲン、モッテ、クル!!」 「…にんげん、つれてくると、あとがこわいゴブ…」 「…きっと、しかえしされるゴブ…」 ゴブリン達の消え入りそうな反論の声は、例のうなり声のあげる意味のわからないわめきで中断し、 悲鳴になって途切れた。 いったい何者の声だろう? 僕はひそかに近づこうとした。 …と、わめき声がぴたりと止んだ。僕はぎくりと動きを止めた。 張り詰めた空気のなかに、匂いをかぐような音が、二度、三度響く。 「ニンゲン、ソコ、イル!」 再び響いた野太い声に、僕は飛び上がった。即座に逃げようと動いたが、遅かった。 すぐ目の前に、いきなり空中から降ってわいたかのように、さびた剣を振りかざしたゴブリンが現れた。 僕も剣を抜き、抜き打ちにそいつを叩き伏せた。続いて現れたもう一人の剣をはね飛ばす。 …が、そこにさらに7人の新手がわいてきた。 そして、さらにその後ろから、節くれだった巨大な人影が、吠え立てながら現れた。 「アレ、クウ! オマエラ、トル!」 …そして…このザマだ。 洞窟にゴブリン語の怒号が飛び交い、剣戟の音が響き渡る。 周りの空気は怪物どもの体臭と熱気でむっとしていたが、僕の背中を流れる汗は冷たかった。 このままではジリ貧だ。いずれ、確実にオーガーに料理されてしまう。 「…こうなったら、イチかバチかだ」 僕は、一気に全力を振るって猛攻を開始した。右からの打ち込みを受けると、 力任せに得物ごとゴブリンを跳ね飛ばす。同時に繰り出された左からの一撃を鎧で受けて、猛烈な突きを返す。 また突いて、さらに横に薙ぐ。もう一撃、さらに一撃。 続けざまの強撃にたじろぐゴブリンどもを強引に蹴散らして、出口へと… 「ニガス、ダメ!!!」 オーガーがわめき、ゴブリンが退路をふさごうと走った。 だが次の瞬間、僕は反転した。一気にオーガーとの間合いを詰める。 「…こいつさえ倒せれば…!」 驚くオーガーの腹へ、勢いに任せて全力で剣を叩きつける。 剣はオーガーのまとう生皮を両断し、象のように分厚い皮膚と、ごつごつの硬い筋肉を切り裂いた。血がしぶく。 だが、オーガーはよろめいただけで、倒れはしなかった。 …僕の賭けは、失敗に終わった。 反撃の棍棒を振り上げるオーガーに向かい合う僕の背に、後ろから殺到してくるゴブリンどもの殺気が 突き刺さる。 「…ああ、やられる!」 絶望に呑まれた、そのとき。 背後で、ゴブリンの悲鳴が上がった。 同時に、何かがザザっと飛び込んでくる気配。 「助太刀する!」 若い男の声が、洞窟に響いた。オーガーが、ギョッとして棍棒をあさっての方向に空振りする。 すばやく目だけを走らせると、背の高い人間の影が僕の背後に回り込むのが目に映った。 僕は振り向きもせず、ただ、 「すまん!」 とだけ答えて、まだ驚いて隙だらけのオーガーに斬りかかった。 |