何とかオーガーに止めを刺したときには、ゴブリンも皆倒れ、あるいは逃げ散っていた。 「ありがとう…助かりました」 僕は改めて、命の恩人に向き直った。 つややかな黒髪を長く伸ばした青年だった。見事な作りの全身鎧を身につけ、上等の皮のマントを羽織っている。 鎧は紋章入り。腕の立つ職人の技で装飾され、磨きあげられて輝いていた。 それなりの地位の貴族であることが、ひと目でわかった。 驚いたし、戸惑いもした。こんなところに、なぜ貴族が? それに…僕は上流階級のお偉方と付き合いはなかった。 だが、黒髪の貴族は端正な顔に気さくな笑顔を浮かべて言った。 「間に合ってよかった。怪我は大丈夫か?」 僕もいくらか手傷を負っていたが…。 「ええ、たいしたことはありません」 「そうか。よかった。」 貴族の青年は、また驚くほど親しげな笑顔を見せた。 「そんなにかしこまらないで、気楽に話してくれ。わたしはレオン。バレンシアの者だ…」 なんでも、知り合いの領主を訪ねる途中、あの峠で僕を待っている姉弟に会い、 話を聞いて追ってきたのだという。 僕も、自分の通り名を名乗った。冒険者だというと、相手の目がわずかにけわしくなった。 「すると、君があの村に雇われた冒険者なのか?」 「いや…僕は、たまたまあの姉弟に会って、山羊を… そうだ、山羊! …ちょっと、失礼」 僕は、山羊を忘れていたことに気が付いた。慌てて洞窟の中を捜すと、すぐに縛られて、 モクモク動いている山羊が見つかった。 目は血走り、おびえて興奮しているようだったが、見たところ大きな怪我はしていない。僕はほっとした。 山羊の口を縛っている布を取ってやると、メーメーとものすごい声で鳴きたて始めた。 足を自由にしてやったら、暴れまわって手におえないだろう。 僕は途方にくれて山羊を眺め…レオンを振り返った。 「すまないけど…こいつを街道まで連れていくの、手伝ってもらえないだろうか」 山羊を落ち着かせている間に、僕はレオンから詳しい事情を聞いた。 この辺は、本来貧しくはあっても平和な土地だった。 が、最近、あの峠道にゴブリンがちょくちょく出ては人を襲い、荷や家畜を奪っていくようになったそうだ。 「今までも、この辺りにゴブリンはいたようだが…めったに人間の前には姿も見せなかったはずなのだ。 それが、ある日突然…」 「なるほど。それじゃ、きっとこのオーガーのせいだな」 僕は、倒れたオーガーを見やった。 「どこから来たのか知らないが、こいつはここに居座って、ゴブリンどもから食料を巻き上げていたらしいから」 「それでは、こいつはいったい、どこから来たのだろう。それも、なぜ?」 レオンは、眉をしかめた。 「この辺に、こんな物騒な奴が出るという話は聞いたこともないが…」 確かに、ここらは、普通ならオーガーが出るような地域ではない。 「最近、やけに怪物どもが騒がしい。我々の知らないところで、何かが起こっているようだ。 …何か分からないが、良くないことが…」 レオンは、端正な顔を曇らせた。 さて、ゴブリンどもに阻まれた件の峠道は、あの姉弟の村とバレンシアの街をつなぐ唯一の道だったので、 村人たちは困りはてた。 だが、実入りの少ないやせ地の村の災難には、領主は知らん顔だった。 とうとう村人たちは、自分たちでなけなしの金を持ち寄って、冒険者を雇うことにしたらしい。 「こいつも」と、レオンは山羊に向かって首を振った。 「その費用を捻出するために、バレンシアに売りに行くところだったそうだ」 今では、日の高いうちにしか通れなくなった峠を越えて…ところが、今日は、 真昼に出てこないはずのゴブリンどもが襲ってきた。 …おそらく、腹を減らしたオーガーが命令したのだろう。 「またか」 と、僕はため息をついた。 「いつもそうだ。何か悪いことが起これば、一番弱いものがそのしわ寄せを受けて苦しむことになるんだ…やりきれないよ」 すると、レオンはさっと振り向いて僕を見つめた。そして、深く深くうなずいた。 「わたしは、それを聞いて、放っておけなくてね。領主と話しにきたのだ。 彼にゴブリンにかかわる気がないのなら、わたしが一肌脱いでやるつもりだった」 「…そして、その途中で、たまたまあの峠であの姉弟と会って、僕を助けてくれた、ということか」 と、僕は話を引き取って言い、レオンに笑いかけた。 「それでは、これであの姉弟も、この山羊を手放さなくて済むわけだ。 オーガーは死んだし、ゴブリンどもも戦士の大半を失ったんだ。また人前に出てくることはまずあるまい」 それから、続けてこう頼んだ。 「それでは、すまないけど…あの姉弟を村まで送ってやってくれないか。 ついでに村まで行って、ここのゴブリンを退治したこと、村人達にも教えてやってくれるとありがたいんだけど。 貴方が話せば、村の皆も信用するだろうから」 するとレオンはいぶかしげに、 「君は、村に行かないのか?」 「何とか早いうちに、バレンシアの街に行きたいんだ」 と、僕は答えた。 僕とレオンは山羊を連れて洞窟を出た。山羊は恐ろしく頑固で、引いていくのにはかなり苦労したが…。 どうにかこうにか元の峠道に戻るまでに、僕はすっかりレオンと意気投合していた。 姉弟は、辛抱強く待っていた。無事な山羊の声を聞きつけて、笑顔で僕等を迎えてくれた。 傍らには、レオンの馬がつながれて、おとなしく立っていた。 僕等に御礼を言ったり、暴れまわる山羊をなだめたりで大忙しの姉弟に手を振って、 僕は自分の荷物を探しに戻ろうとした。 そのとき、レオンが僕の背中に声をかけた。 「もう行くのか。そんなに急ぎなのか?」 「いや…特に急ぎの用があるわけではないんだけど…」 僕は頭を掻いてみせた。 「早く大きな街に行って、次の仕事を探さないと…路銀が心もとないから」 「仕事の当てはあるのか?」 「いや…。バレンシアには、まだ、行ったこともないし…」 僕がそう言うと、レオンは、しばらく考えていたが、 「では、君もわたし達といっしょに来たらどうだ? 仕事が見つかるまで、わたしのところに逗留したらいい」 と言った。 少しためらったが、結局僕はその誘いをありがたく受けることにした。 その後僕は、そのままバレンシアに居座り、 レオンと共にバレンシア近辺に増え始めた怪物の災禍と戦うようになった。 共に戦ううち、僕とレオンは、無二の親友となっていった。 数年後…怪物どもの間に起こっていた「何か」が、赤いドラゴンの形となって人々の前に現れる。 僕等は共に、後々の運命を決するあのドラゴンとの戦いに望むことになるのだが…。 あのときの僕には、そんな事は知る由もなかった。 コリューンとレオンの出会いの話です。 書いていくうちにどんどん長くなってしまいました…(汗) 普通なら接点がありそうもない二人が親友になったのには、 やはりレオンの義侠心と冒険好きと、地位を気にしない人柄が大きかったのではなかろうか…とおもいます。 当初は、ゴブリンをこき使う頭の悪い大物怪物は、ミノタウロスを考えていましたが、変えました。 オーガーの方がまだ、この世界に「いそう」な気がしたので。…と、いって、 「かえるの絵本」には、ミノタウロスもオーガーも出てこないのですが… ダークエルフみたいな賢い連中が、こんなことするとも思えませんから、大目に見てください(^^; 蛇足ながら。題名は、会、遭、愛…などを引っ掛けました。できれば、「藍」も入れたかったのですが…。 |