古代の塚は、すっかり木立に覆われて、知らなければただの丘にしか見えなかった。
その塚を取り巻く森の中で、僕らは敵に追いついた。
突然、木立の間から見えた背の高い人影は、
金と宝石で飾り立てた豪勢な鎧を着込んでいて、そいつがリュッタのかざす橙色の灯りを受けてまばゆくきらめいた。
しかし、ぐるりと振り向いたその顔はどす黒く、もはや目鼻立ちも判然としなかった。
口だけが、大きな穴のようにぽかっと開いていた。
と、悪鬼はいきなり、驚くほどしなやかな動きで飛びかかってきた。
僕は、すかさず、渾身の技で魔法の斧を振り下ろした。ドラゴンをもたじろがせた必殺の斧が、悪鬼の胸に炸裂した。
だが、悪鬼には効かなかった。直撃を受けたのに、よろめきもしなかった。その上、斧が悪鬼の胸にめり込んで抜けなくなった。
驚いて、思わず隙を作ってしまったとたん、二の腕をつかまれた。
ものすごい力だった!
つかまれた腕が、しびれて動かせなくなった。悪鬼の、おそろしく臭う息が鼻をうった。
悪鬼は、片手で無造作に僕を吊り下げて、もう一方の腕を僕の胴中に巻き付けようとした。
僕は、歯を食いしばって続けざまに悪鬼の膝頭を蹴りつけた。
そんな反撃は、悪鬼のきらびやかな鎧に跳ね返されてしまうかと思われたが、意外にも悪鬼は、バランスを崩してよろめいた。
勢いづいてもう一撃、思い切り大きく蹴ると、悪鬼は膝をがくりと折った。
そのまま悪鬼は僕もろとも、厚く積もった落ち葉の中に倒れ込んだ。それでも僕の腕を放そうとしない。
僕らは軟らかい腐葉土に半分埋もれたまま、取っ組み合った。
その時になって僕は、リュッタの呪歌が、僕に活力を注いでくれていることに気が付いた。
だが、リュッタの後押しがあっても、悪鬼の怪力にはかなわなかった。僕はすぐに、土の中に押さえ込まれてしまった。
呪歌がやみ、代わりに絶妙のコントロールで飛んできた石つぶてが次々と悪鬼にぶち当たって跳ね返った。
が、悪鬼は気にもとめない。
悪鬼の開けっ放しの大きな口が、もがきまわる僕の喉を追って迫ってきた。
リュッタのつぶてがまた悪鬼の額を打った。と、今度は突然、悪鬼ははじかれたようにのけぞった。
僕は反射的にもがいた。片手が自由になった。とっさに拳骨を突き上げると、うまい具合に悪鬼の口の中から、
その上あごを突き上げることが出来た。
腐ったものがはじけるようなかすかな悲鳴が上がった。押さえつける悪鬼の力がゆるんだ。
僕はぐいと身をよじり、悪鬼の下から抜け出した。
すぐに悪鬼も立ち上がって、追ってきた。 僕は、夜明け前のわずかな光を頼りに逃げ回った。
悪鬼は、闇でも見えるし、疲れも知らないようだった。
だが、僕も必死だった。もう一度捕まったら、逃げられそうもない。幸い、胸に刺さったままの斧が邪魔になって、
悪鬼も思うようには進めないらしかった。
逃げながら、必死に考えを巡らせる。悪鬼には武器が効かないようだ。拳なら効くようだが、それでは太刀打ち出来ない。
…シェリクがいたら…などと、無益に嘆いている余裕はなかった。
「リュッタ! 最後にこいつに投げたの、なんだ?!」
僕は茂みをくぐりながら叫んだ。意外に近くから返事があった。
「ドングリだよ! 丸くて大きいの!!」
ドングリ? そうか!…斧がダメで、拳が効く。石がダメで、ドングリが…! ならば、生きた木を武器にすれば、どうだ?
僕は、大急ぎで辺りを見渡した。運良く、すぐそばに手頃な大きさの若木がすっくと立っていた。
その根っこをひっつかんで、ぐいと引く。火事場のくそ力で、深く根を張った若木が一気に引っこ抜けた。
そこへちょうど追いついた悪鬼の腕をかいくぐり、僕は若木を不格好な戦棍のように振り回した。
手応えがあった! 生きた相手と全く変わらない、重い手応えと共に悪鬼はたじろいだ。
…よし!
僕は素早く『戦棍』を構え直し、再び伸びてきた悪鬼の腕をぴしりと打ち据えた。悪鬼が再び、ガスの抜けるような悲鳴を上げた。
一気に形勢は逆転した。僕は悪鬼の防戦をはじき飛ばして、悪鬼の頭や腹を打った。
傍らからリュッタも、矢継ぎ早にドングリを飛ばし続けた。
ついに悪鬼は逃げ出した。僕らは薄明かりの中を追いすがり、さらにめった打ちにした。
とうとう動かなくなった悪鬼の胸から戦斧を引っこ抜く。村人に教えられた通り、悪鬼の首を切り落とし、
二度とよみがえらぬよう、その足の下に置いて、戦いは終わった。
前のページに戻る 次のページに進む
|