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死をはらむ森


「コリューン、顔色が悪いよ。休もうよ」
 リュッタが、また言いだした。
「大丈夫だよ、もう少し歩こう」
 僕はそう答えようとしたが、そのために立ち止まって、息を整えなければならないことにいらだった。 この程度歩いただけで、息が上がるなんて。
「ねえ、コリューン、やっぱりあの村に…」
「戻らないよ!」
 僕は荒い息の下から、出来る限りの大声を張り上げた。

 コロナを出て2年目の夏。ようやく、僕とリュッタは、僕の探し求めるユニコーンが目撃されたという、 漆黒の大森林の入り口にたどり着いた。
 森の中、道無き道を奥へと進む…と言ったって、うっそうと茂った巨木の森は下生えも少なく、歩くのもそう困難では無い。 今更人里まで引き返すなんて…

 だが、リュッタも引き下がらない。
「でも、村を出てから、コリューン、なんか変だよ」
「ん…なに、『あいつ』の毒気に当てられて、まだちょっと参ってるだけさ。すぐ治るって」
 そりゃ、『あいつ』と闘って以来、自分でも何となく普通じゃないって分かってはいる。 でも、家の中にいるより、空気のきれいな森を歩く方が、よっぽど早く治るはずだ。

 『あいつ』とは…塚に棲む悪鬼のことだ。
 話は、十数日前にさかのぼる。


 その日、僕らがたどり着いた村の名前はオルバロス。大森林の東端近くに点在する村の一つだ。
 到着したのは、夕日が赤く染まる少し前のことだった。
 夏至の頃なので、村の宿屋兼酒場の入り口も窓も大きく開け放たれていた。 近づくと、中の熱っぽい会話の切れ端が耳に飛び込んできた。

「…王国騎士団ったって、老いぼれの塚守ばっか…歯が立つワケ…」
「やっぱ、冒険者かね……金なら、ほれ…」
「…生半可のじゃ…何せ、化け物……伝説の英雄の…」

 ここまで聞こえたところで、リュッタがすっ飛んで酒場に入っていった。
「今、伝説の冒険者がどうとか言ったかい? おっちゃんたち、運がいいよ!  今ここに、赤いドラゴンを退治した伝説の冒険者が来てるんだ!」


 話を端折ろう。すったもんだの末、僕らは村の長から正式な依頼を受けて、化け物退治をすることになった。
 その化け物というのが、なんとこの国の伝説の英雄、悪竜を退治した王子様のなれの果てだという。
 この辺りには、古い王家の墓が多い。その王子の眠るという塚も、この村の近くにあった。
 数ヶ月前、突如この辺一帯に、夜な夜な悪鬼がうろつくようになり、家畜や人を襲って食うようになった。 悪鬼は、王子の塚の方からやってくる。身なりも、古代の王子らしき立派なものだという。 そこで調べてみると、王子の塚は掘り返され、人が通れるだけの穴が開いていたそうだ。
 …伝説の英雄が、いったい、何に取り憑かれたのやら。

 昼間、暗くて狭い塚にのりこむか、夜、元気いっぱいの敵を迎え撃つか…考えたあげく、 僕は夜明け前、悪鬼が塚に帰るところを狙うことにした。塚に逃げ込まれる心配はあったが、それはその時のことだ。
 準備万端整えて…と、言いたいところだが、残念ながら相手の情報が少なすぎた。 そんな悪鬼なんて、僕らは今まで聞いたこともない。村人達もろくに何も知らず、 悪鬼が僕たちの力で立ち向かえる敵であることを祈るしかなかった。

 僕とリュッタは…むろん、リュッタも一緒だった…夜半まで仮眠を取り、夜明け前に出発した。


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