四国八十八ケ所遍路旅

行程 日付 天候 札所 歩行距離 累計
4日目 3月15日 雨のち曇り 14番~19番 33.0Km 107.7Km


「徳島の 歩道歩きに 足痺れ」


■行程
名西旅館7:00→7:30「14番:常楽寺」7:45→7:57「15番:国分寺」8:10→8:35「16番:観音寺」8:45→9:20「17番:井戸寺」9:40→11:20昼食11:35→14:20「18番:恩山寺」14:40→15:40「19番:立江寺」15:55→16:40法泉寺・通夜堂

◆名西旅館7:00
朝食は卵掛け御飯が美味しく、食後のコーヒーがありがたかった。今日は曇りの予報だったが、出発間際になってからポツリポツリと雨が降り始めてきた。同宿の方は雨具を着始めたが、私はすぐ止むだろうと傘を差して出発する。遍路道は別館の前から田んぼの中を通って県道に合流し、鮎喰川に掛かる一宮橋を渡って左の細道を進む。予想通り雨は20分ほどで止み、池の縁を通ると14番札所「常楽寺(じょうらくじ)」に着いた。

「14番:常楽寺」7:30・7:45
このお寺には山門はなく、石段を上がると正面に本堂、右手に大師堂、左手に鐘楼が建つ。境内にはゴツゴツした岩肌の流水岩が露出していて、本堂も岩石の上に建っていた。次の15番札所「国分寺(こくぶんじ)」までは0.8Kmと近い。

「15番:国分寺」7:57・8:10
薬王山の山号を見て山門を入ると、境内正面に縦長の本堂、その横に大師堂が並び、左手の鐘楼手前には近くの田園から掘り出 されたという七重塔の礎石があった。資料によると、創建当時は2Km四方の境内に七堂伽藍が配されていたそうだ。国分寺は天平13年(741)に聖武天皇の勅令で全国に造られた国分寺の一つで、四国には阿波、土佐、伊予、讃岐にそれぞれに国分寺が置かれ、すべてが札所になっているそうだ。誰もいない境内で、つっかえながら般若心経を暗誦する。

次の16番札所「観音寺(かんおんじ)」へも1.8Kmと近く、遍路マークに従って街の中を通って右折すると商店や民家の並ぶ 通りに面して、立派な山門があった。

「16番:観音寺」8:35・8:45
二層の堂々たる鐘楼門の両則には、寄進者の金額と名前を書いた石柱が塀のように建ち並ぶ。門をくぐると狭い境内の正面に本堂、右手に大師堂が建ち、本堂の右手には赤ん坊の夜泣きを止めてくれるという伝えのある「夜泣き地蔵」があった。街中を東に進み、府中駅の先で北に方向を変えてJR徳島線の踏み切りを渡り、まっすぐ北に進むと17番札所「井戸寺(いどじ)」朱色の山門が見えてきた。

「17番:井戸寺」9:20・9:40
朱色のはでやかな仁王門は、蜂須賀公が別邸の門を寄進したもので、武家屋敷の長屋門造りの堂々たる造りだ。境内正面の本堂は鉄筋コンクリート造リで、手前左手に大師堂が建つ。右手には弘仁6年(815)弘法大師が錫杖で一夜のうちに井戸を掘り、自身の姿を映してそれを石像に刻まれたという「おもかげの井戸」があった。

14番から17番まではトントンと来たが、次の18番へは18Kmも離れている。遍路道も徳島市街地を通る眉山の東側ルートと地蔵峠を越える眉山の西側ルートに分かれ、私はガイドブックに従って市街地を通る。中鮎喰橋を渡っていると、後から来られた遍路の男性に声を掛けられ、話をしながら市街地の一本道を進んだ・・・が、1時間程歩いたところで、突然道路工事の保安員の方に「あんたら道を間違ってるで!」と言われて唖然とする。話に気をとられてJR徳島線の南側の県道30号線を歩いていたようで、徳島駅から2Km近く離れていた。

気を取り直して南に向かう。助任川を渡ると左手に城山(徳島城跡)が見えた。ちょうど休憩所があったので「ここで休みます」というと、男性は「それじゃ!」といって颯爽と先に行かれた。徳島駅前から磁石を頼りにグネグネと南下し、二軒屋駅の踏み切りを渡って国道55号線に合流すると、途中に吉野家があったので腹ごしらえする。

昼食11:20・11:35
車の往来が激しい国道を延々と歩く。歩道はアスファルトの石が露出していて足裏がジンジンしてきた。やはりウオーキングシューズでは無理か・・・と不安を感じつつ勝浦川橋を渡り、あと1ピッチと言い聞かせて頑張る。やがて道標に恩山寺1.7Kmの表記を見て、55号線から右に外れて進むと、道路脇に取り残されたようにして古びた山門があった。車道となった参道を緩やかに登って18番札所「恩山寺(おんざんじ)」の境内に入る。

「18番:恩山寺」14:20・14:40
左手に大師堂を見て、正面の石段を40段程上ると堂々とした本堂が建っていた。境内には桜の木が多いが、開花はもう少し先のようだ。納経を終え、参道を半分ほど戻った辺りの、牛舎の前を通って山道に入る。車道歩きから地道に入ると気分的にホッとする。竹林を通り抜け、弦巻坂を登って弦張坂を下り、県道28号線を進んで19番札所「立江寺(たつえじ)」に向かう。

「19番:立江寺」15:40・15:55
この寺は四国88ケ所の内に4力所ある「関所寺」の1つで、邪心を抱く者には天罰が下るそうだ。仁王門を潜って境内に入ると右手の美しい多宝塔が目に止まる。参道右手に大師堂、左手に本堂があり、本堂前には一抱えほどもある房が下がり、本堂内の天井には美しい花鳥図が描かれていた。参道を戻って県道28号線を北に進む。今日は、法泉寺の通夜堂に泊めていただく予定だ。

法泉寺・通夜堂16:40
通夜堂は法泉寺バス停のすぐ横にあった。プレハブの建物に入ると先行者が一人おられたので挨拶すると、何と、2日目に柳水庵下の休憩所で同宿した70歳の方だった。私より遅いはずの人を目の前にして、思わず「エッ!なんでここに居るんですか」と問うと、ニコリと笑って「空を飛んできた・・・」とのたまう。聞くと、途中で腰が痛くなったので自動車に乗せてきてもらったとのことらしい。
物置を兼ねたプレハブ小屋は6畳程の畳みと6畳程の板場にテーブルがあり、電気、電気ポット(お湯は沸くがポンプが壊れているのでカップですくう)、流しがあり、小屋のすぐ近くにはトイレもあった。お寺に挨拶に行こうとしたら、ちょうど住職が来られたので一晩お願いする。おじいさんの夕食は今日もラーメン、私はお握りとパンとジャコテン。そのジャコテンを分け合いながら話に花が咲く。フトンと毛布がおいてあったので、汚れの少ないものを選んで就寝する。


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