「な……で、ど…してここに……」
驚きが大き過ぎて上手く言葉を紡げない。
『……落ち着きなさい。そんなに倫子に似ているかしら?』
「あ……もしかして」
自然に言葉にされた倫子という単語。それがリョーマに答えを導かせた。
目の前の女性は慈愛に満ちた笑みでリョーマを見つめている。
『私のことは多少は聞いたみたいね』
「うん。母さんと景吾たち……あ……」
『気にしなくていいのよ。確かに私はあなたの産みの親。けれどどんな事情があろうと一度手放した
のは事実。あなたにとっての母親は倫子でしょう』
「……ごめんなさい」
彼女の寂しそうな表情を見ていられなくなり、視線を足元に落とす。何か言わなければと思い出て
きたのは謝罪の言葉だった。そんなものを望んでいないことは分かるのに、それしか出てこなかった
のだ。
『……あなたが、リョーマが謝ることなど何もないの。謝るのは、悪いのは守ることが出来なかった
私たち。ごめんなさい。ちゃんと私たちの下で育てることが出来ていたなら、あなたにそんな表情を
させることもなかったのに……』
「……それで、俺だけを呼んだ理由は? 何かあるんスよね?」
産みの母親だという実感もないが、それでも母親である倫子に良く似た彼女の悲しみの表情など見
たくはない。だから話題を強引に変更する。
『そうだったわね。本来ならリョーマには知る必要もないこと。けれど運命の悪戯なのか話さなけれ
ばならない……』
「……」
空気は一層重いものとなる。
后はひとつひとつ言葉を選び慎重に話を進めていく。リョーマも自然と聞きの姿勢になり、質問し
たいことはあれどとにかくまずは全ての話を聞き終えてからだと思い沈黙を守る。
それは王と王妃、そして次代の王となるものにだけ伝えられる話―――
王となる者には代々玉(ギョク)と呼ばれる力の込められた青灰色の水晶玉が継承される。玉は自
らの意思を持ち、王に相応しい者を選ぶ。但し、ギョクの意思だけで決定されるわけでもない。そこ
には王の意思も世界に住む全ての者たちの意思も当然含まれており、それを踏まえた上で選ばれる。
そして玉は確かに次代の王として幸村を選んでいた。しかし、敵から身を隠していた時に何故かそれ
が本来の運命(さだめ)であったかのように玉がリョーマの身体に吸収された。その時には既に后と
幸村の間ではリョーマを后の世界に逃がすことを決定していたのでリョーマは玉とともに次元の穴を
くぐったのだった。
跡部たちも知らないこと。知っているのは目の前の后とまだ会うことの叶わない兄だという。自分
の中に王になるためには必要な玉があるということは……。
「じゃあ、今のままだと王子は即位出来ないってこと……」
『そういうことになりますね』
「俺が必要なわけって……」
『それは違います。確かに精市が王となるにはあなたの中にある玉が必要です。けれどあの子はあな
た自身も必要としているのです』
玉を取り戻すためだけに自分は必要だったのだと思い込もうとしたリョーマに、后は機敏に反応し
た。先にそうではないと否定して、悪い考えを取り払う。
『たとえ一緒に暮らしていなくても、精市にとってリョーマはたった一人の大事な何物にも代えられ
ない妹なのです。それだけでは理由になりませんか?』
「……でも俺は」
『覚えていない兄は信じられませんか? それならば景吾と清純は? 彼等なら信じることが出来る
かしら』
「っス。だって、今まで一緒だったから。どういう人物かも良く分かってるっス」
それは当然の理由かもしれない。いくら周りから兄妹だと言われても実際会って見なければ何も分
からない。そんな人物を信じることなど出来はしないのだ。そう、実際に会うまでは……。
『……では、会ってから本心を見極めなさい』
「うん、分かってる。母さんにも同じこと言われたっス……」
部屋で語り合った時のことを鮮明に思い出す。今ならあの時の倫子の言葉を理解出来る。自分の目
で確かめなければ何も分からない。
「で、その玉っていうのを取り出す方法は分かってるんスか?」
『……』
后はゆっくりと首を左右に振る。それが答え。ではどうすればいいのだろうかと考えてみるも、い
まだ整理しきれていないリョーマの頭ではいい案が浮かぶはずもなかった。
『方法は分かりません。けれどあなたたちが一緒にいることで何か影響があるのではないかと思いま
す。だから……なるべくなら仲良くして欲しい。すぐには無理だろうけれどあなたたちは正真正銘血
の繋がった兄妹。きっとすぐに打ち解けるわ。だから……ど…か……っ』
最後まで言い終える前に言葉は途切れた。そして元々今にも消えそうだった后の姿は奥の壁が見え
るほど透き通っている。
「!?」
『ど…か、仲良く……』
姿はどんどん消えていく。
輪郭も見えにくく、苦しそうな表情が微かに分かる程度だ。
「も、もう喋っちゃダメだ!」
叫ぶ言葉は悲痛混じり。聞いている者に悲しみを齎す。
またもやどうすることも出来ない自分が惨めで悔しくて仕方ない。もっと早く景吾たちに会い、自
分のことを受け止め、術が使えるようになっていれば助けられるのかもしれない。けれど、現実には
リョーマはまだ術を使用することは出来ない。自分に備わっているという術がどんなものなのかも知
らない。
無力な自分に涙が溢れ出す。
『……な…の。これは……定め。どうか…幸せに。それが私の……私たちの……願…い…………』
最後に綺麗で優しい笑みを見せると后はリョーマの腕の中で力尽きた。そしてリョーマの瞳から零
れ落ちた涙が彼女の身体にかかるとその部分から光の粒子となって消えていく。後には何も残らなか
った。いや、違う。そこにいたという証拠に微かな温もりだけはリョーマの手に残った。
定めと言うから后には分かっていたのだ。リョーマに見守られて本当の死を迎えることを。確かに
数年前に肉体的な死は迎えていた。けれど王の代わりに真実を伝え、自分たちの願いを伝えるために
魂だけを留めおいたのだ。その願いを叶えることが出来たので最後に笑みを見せたのだ。だが、それ
を間近で見つめることしか出来ずにいたリョーマは……。何も出来ない自分に悔しさと憤りを感じて
いたリョーマは……。
「……っ…ぁ……ああぁぁあぁぁああぁあ――――!!」
何か熱い塊、炎のようでそれとは全く異なる熱い熱い小さな塊が身体の深淵から湧き出で、中心へ
と移動していく。命の鼓動を奏でる心臓が焼けるように熱くなりリョーマは絶叫を上げる。叫びと同
時にリョーマの身体から膨大な量の光が溢れ、辺りを一面を真っ白にする。そしてその光は乱反射し、
反射する度に周囲の壁に傷を残す。リョーマが発する光は明らかに殺傷能力を有していた。
反射を繰り返す光は己の妨げとなるものは創作者であるリョーマでさえも容赦なく傷付けていく。
しかしリョーマは痛みを感じていないのか焦点の定まらない虚ろな眼差しで空間を見つめるだけ。リ
ョーマ以外に生き物がいないのが唯一の救いかもしれない。
壊れていくのは壁とリョーマの精神(こころ)……
◆◆コメント◆◆
リョーマの力が暴走しました!?
どうなるんでしょうか?
って一応もう先は決まっているんですがね(笑)
これで死んだりしないですから!!(←トーゼンです!)
あぁ、本当の母親は死んでしまいましたが
伝えるべきことは伝えたので……彼女としては一応納得(?)
したのではないでしょうか。
看取ることになったリョーマは可哀相ですが……
それでも必要なシーンだったんです!!
……たぶん(-_-;)
それではまた次回!!
2006.09.07 如月 水瀬