君という光 第三章 8


  





「リョーマ?」

「……」

 返事はなかったが倫子は強引にでも部屋に入ろうとする。一応の断りを述べて。

「入るわよ?」

「……ごめん母さん。今は一人にして」

「あら? 少し遅かったわね」

「……」

 今度は返事が返って来たがそれを意図的に無視したように倫子はドアを開け、部屋に入った。部屋

には灯りは点いておらず真っ暗なままで、リョーマはベッドの上で膝を抱えていた。

 ギシッ。

「母さんっ!!」

 人の言葉を無視して入って来て、勝手にベッドに腰掛ける倫子に批難の思いを込める。が、倫子に

は通用しなかった。リョーマのそんな感情をサラッと流してしまう。

「ダメよそんな怖い顔しちゃ。せっかくの綺麗な顔をが台無しよ」

「だからっ!!」

「何? リョーマ」

 ニコニコと微笑みで黙らせる辺りやはり最強である。

「……もういい」

 とうとうそっぽを向いてしまったリョーマに倫子は更にクスッと笑みを深める。リョーマは倫子の

存在を忘れたかのように微動だにしない。倫子は優しい瞳でじっとリョーマを見つめている。しかし、

その瞳にはどこか寂しそうな色が宿っていた。暫く沈黙が部屋を支配したのち、倫子はその表情をい

つもの優しさだけが表面に出ているものに改める。



「……跡部君と千石君から聞いたのね?」

「!?」

 ばっと振り返ったリョーマの大きな瞳がどうしてという言葉を語っていた。

「何年貴方の母親をやってると思ってるの? 分かるわよそれくらい」

「……」

 いや、普通は何かあったのは分かってもズバリ言い当てるのは難しいだろうと心の中で突っ込んで

いた。決して口には出さずに。

「それにもうそろそろだと思っていたから。私も南次郎も……」

「親父も知ってんの!?」

「当然でしょう。南次郎はあれでも貴方の父親なのよ?」

「でも、母さんもクソ親父も本当は……」

 それ以上は言えなかった。言ってしまえばもう全てを認めるしかないように思えたから音に出来な

かったのかもしれない。けれど倫子はそんなリョーマを崖から突き落とすかのようにリョーマが飲み

込んだ言葉を口にした。

「確かに私たちは貴方の本当の親ではないわ」

「っ……」

 ビクリとその年頃の男の子にしては細い華奢な肩が震える。倫子はそれでも言葉を続けた。それは

真実だから。必要なことだから。避けては通れないことだから。

「でも、私たちは貴方を腕に抱いた瞬間から私たちの本当の子どもだと思って育ててきた。それはこ

れからも永遠に変わらないわ。それに全く血の繋がりがないわけではないのよ」

「え?」

「リョーマの産みの母親は私の実の姉。つまり私たちは本来ならリョーマの叔父と叔母になるの」

「で、でも景吾たちは……」

「リョーマ」

「……な、何?」

 遮るように発せられた声音はいつになく真剣なものだった。ごくりと唾を飲み込むと返す返事は自

然と慎重なものになる。

「跡部君、千石君たちと一緒に帰りなさい」

「っっ!!」

 一番言われたくなかった言葉。聞いた瞬間リョーマの足元はガラガラと崩れていき、暗い暗い闇の

中に落とされた感覚に支配された。

「……母さんたちに俺はもう必要ない?」

 いつもの自信はどこへ行ったのかその声は微かに震えていた。

「そんなわけないでしょ」

「じゃあ、何で?」

「あの世界は今貴方を必要としているからよ。そうでなければ、跡部君も千石君もこの世界には来な

かったでしょう。リョーマは彼等に会えたことが嬉しくないの?」

「そんなわけない!!」

 倫子の言葉にリョーマは必死で否定する。

「二人とも好きだもん」

「知ってるわ。だから助けてあげなさい。そして全てが終わったら帰って来たらいいわ。ここはリョ

ーマの家なんだから」

「……強制じゃないんだ」

「選ぶのはリョーマ自身よ。こちらのことは知っているけれど、あちらのことを貴方は全く知らない

わ。きちんとあちらの世界も見て、そしてどちらにいるべきかリョーマが決めなさい。でも、一つだ

け。住むべき世界を定めたら、もう一つの世界とは完全に関係を絶つこと」

「どうして……」

「あまりにも世界が違うからよ。両方の世界と関わりを持てば、貴方の身体に良くも悪くも影響を及

ぼすわ。厳しいことを言ってるのは分かっているわ。でも私は姉さんのことを知っているから……」

「その人は選んだの?」

 いきなり母と呼ぶにはあまりにも抵抗があり過ぎたため、指示名詞になってしまう。

「ええ。向こうの世界をね」

「母さんはどう思った?」

「寂しかったわ。最初はどうしてって、ずっと責めていたわ」

「でも、今は違うんだね」

「えぇ。私はまだその時本当に人を好きになるということが分かっていなかった。だから家族である

私よりも好きな人を選んだ姉さんの気持ちが分からなかった。けれど、南次郎に出逢って、南次郎を

好きになってどうして姉さんが向こうの世界を選んだのか漸く理解出来たの。それからは幸せである

ことを願っていた、幸せであると思っていたのあの時まで……」

 倫子の表情は突如陰りを帯びた。

「あの時?」

「そう。もう十二年前になるのね」

「それって……俺が……」

「南次郎と結婚して数年。私たちには子どもがいなかったけれど幸せに暮らしていたわ……」











 その日は朝から寒波に見舞われ、12月だというのに雪が降っていた。

 止むことを知らないかのように夜になるに連れて雪の勢いは増していく。そんな天候であるにも関

わらず、倫子は何かに呼ばれるかのように家の外に出て行った。そして玄関の戸を開けると庭先に仄

かに光る小さな丸いもの。南次郎が待てと言うのも聞かず倫子はその光に向かって駆け出す。そこに

いたのはスヤスヤと気持ち良さそうに眠る赤ん坊だった。

 何事にも動じることのない夫婦だったがさすがにこれには素直に驚いた。けれどいつまでもこんな

寒い雪の中に赤ん坊を置いておくわけにはいかないと、家の中に一先ず移動しようと手を伸ばした時、

手が赤ん坊に触れる前に赤ん坊を包む光は目映さを増した。眩しさに目を閉じ、納まったと感じ目を

開けるとそこには懐かしい人がいた。いや正確にはそこにいるわけではなかった。何かを伝えるため

に意識だけを飛ばしたと言えばいいのか精神体となった姉が存在していた。

 彼女は時間がないからと十数年振りとなる姉妹の再会に碌に挨拶も出来ないことを詫び、来る時が

来るまで娘リョーマを頼むと権力と欲に取り付かれた者から護って欲しいと告げる。護れるものなら

自分で護りたいが自分の傍にいることが最も危険なのだと伝える。リョーマの父親を好きになり、彼

の世界を選んだのは彼女自身。現状も受け入れる覚悟は最初から出来ていた。しかし、それに子ども

を巻き込むのはやはり親として受け入れられなかった。もう一人息子もいるのだが彼は既に巻き込ん

でしまっている。いや、彼も当事者と言っても間違いはない。けれどリョーマは違うから、だから頼

むと倫子と南次郎にお願いした。

 快く承諾したのは倫子ではなく南次郎だった。彼女が話すこと以外は何も聞かず、必ずと約束した。

その瞳には強い意志が宿っていた。それはどこか彼の国の王に似ていた。同じような人を好きになっ

たのだと感じ、自然と笑みが零れる。大丈夫だと信じることが出来た。

 彼女はリョーマを二人に託し、ありがとうと綺麗な笑顔を残し消え去った。



 倫子の胸には倫子の服を無意識にギュッと握り目尻から一滴の水滴を零すリョーマ。眠っているは

ずなのだが、どこかで別れを感じたのだろう……















      ◆◆コメント◆◆
       つ、強いです倫子さん(^_^;)
       母親っていう存在は凄く強いとは思うのですが、
       水瀬の中で越前家の中で最強キャラは?
       って聞かれたら即倫子さんが出てきますvv
       いつの間にかこうインプットされていたのですよ!
       気付いたら……(笑)
       
       今回でリョーマがどのように越前家に来たのかが
       分かりましたねぇ。
       このシーンはスラスラ書けました♪
       水瀬の中で既に決まっていて、映像もきちんと
       ついていましたので!
       さて、リョーマはどちらを選ぶのでしょうか!?
              

             2006.07.02  如月 水瀬