千石の説明が終わると部屋は静けさを取り戻した。
余計な言葉を発する者は誰一人としていない。
いきなり途方もない話をされてそれを短時間で理解しろという方が無理な話。
それが分かっているからこそ誰もリョーマの思考の整理の邪魔をする者はいないのだ。
「……ねぇ」
「なんだい?」
俯いていた状態から頭を上げ、千石の瞳を正面から見据えると漸く無音だった部屋に音が戻って来
た。
「何でその王子に俺の力が必要なの? 俺を飛ばせるだけの力があるんだから今更俺なんか必要ない
じゃん。違う?」
会ったこともない人物を説明だけで兄と呼べるわけがない。話自体も全てを信じきれるものではな
いのだ。短い時間で理解出来るところだけ整理してふと疑問に思うことに答えを求めた。
「確かに今の説明からすると王子の力は強いものに思えるよね。でもね、よく考えて」
「……」
「リョーマ君の今の性別はどっち?」
「!?」
「そーゆーコトだよ。確かに彼の力は強い。でも、強いからと言ってその力が無限にあるわけではな
いんだよ。常識的に考えてね。彼は今もずっと術を駆使し続けている。最初は二人で使用し始めた術。
だけど今はもしかしたら彼一人でリョーマ君の性別を変化させる術を使用しているのかもしれない。
お后様が生きていられるのか亡くなられたのかは俺たちには分からない。生きていると信じているけ
れど確証はないんだ。まだ……」
「だけど、俺は最初から男だ!! キヨの話を全部信じたら俺は、俺は……っ」
二人といることがいつの間にか当然のようになっていた。そしてふいに感じる懐かしさ。自分が跡
部や千石たちと同じ世界の人間だということ、自分に兄と呼ぶ存在がいることは百歩譲って信じても
いい。けれど自分の性別が本当は男ではなく女などとどうして信じることが、納得することが出来よ
うか。それを納得すれば自分が過ごしてきた十二年間を全て否定することになりはしないか。男とし
て生きてきたのに今更本当は女でしたなどとどうして信じることが出来ようか。いくら信じるに値す
る跡部と千石に言われようとも。
「「「「「!?」」」」」
リョーマ以外の者たちがリョーマを見て驚きをあらわにする。それと同時に全員が後悔したように
渋い顔になった。
逸早く行動したのは二人同時だった。
「ごめんねリョーマ君」
「お前の気持ちを考えてなかったな。悪い」
謝りながら千石はリョーマの髪を梳くように優しい手付きで頭を撫ぜ、跡部はその男にしては繊細
な指でリョーマの大きな瞳に溜まっている透明な雫を拭う。
「え?」
その行為により自分が涙を溜めていたことに気付く。
「な、何で……?」
無意識の内に溢れてきた涙に当の本人であるリョーマが一番困惑していた。しかし、気付いてしま
ったソレはなかなか止まろうとはしてくれない。自分で何とかしようとしても二人がそれを許してく
れず、リョーマは二人に全てを委ねるしか出来なかった。
忍足たちは黙ってそれを見守っていた。
そしてどれくらい時間が過ぎたのだろう。漸くリョーマが落ち着いたのを確認すると跡部と千石は
リョーマから離れた。
「俺、……帰るね」
「泊まっていけ。連絡入れてやる」
「そうだよ。もう遅いしね。キヨも一緒に泊まるから♪」
「てめぇは帰れ!!」
「えぇー!! 跡部君酷いよぉ。俺もリョーマ君と一緒に寝るんだから!!」
「誰がてめぇに泊まっていいと言った? あーん。今まで上げてやっただけありがたいと思え」
「……跡部君横暴」
「今すぐ死ぬか?」
「結構デス」
二人のやり取りに丸井と忍足は必死で笑いを堪えている。悪久津は呆れた冷たい視線を向けている。
けれどリョーマの表情は変わらなかった。
「ありがと。でも、やっぱり帰る。一人で考えたいから」
「じゃあ俺が送って……」
「ごめんキヨ。一人で帰りたいから……」
「で、でも、もう暗いしね?」
危ないから何とか送るだけでもしたいと必死で説得するがリョーマ首を振るばかり。
「分かった。気をつけて帰れよ。但し、家に着いたらメールでもいい、一言連絡しろ。いいな?」
妥協したのは跡部。
リョーマはその言葉に小さく頷くと静かに部屋を後にした。
一人帰すことを許可した跡部に何か言おうとするが、跡部の顔を見た瞬間その気も失せた。跡部に
も怒鳴られたし自分も帰宅しようかとも考えたが、忍足たちはここに泊まるみたいなので千石もその
まま居座るのだった。一方、跡部はというとリョーマのことしか頭になかった。だからこそ千石の気
を殺がれさせたともいう。リョーマの言う通り一人で考える時間も必要である。それに自分たちより
もあの二人の方がリョーマのことを良く分かっている。そして俺たちのことも間違いなく気付いてい
るだろう。悪いようにはならない。跡部はそう確信していた。
◆◆コメント◆◆
自分で書いていてなんですが……
辻褄合っているんでしょうか?
書いていて自分でも訳分からなくなっていたのが
正直な気持ちです。
大丈夫なのかどうかも分かりませんが
たぶん大丈夫……だと思いたいです。はい(死)
四章のプロットを途中まで作っていたのですが
全く辻褄が合っていなかったという事実に
三章を書き終えてから気付いたのです(爆死)
三章を書き直すなんてことは出来なかったので
プロットの方を弄って何とかしたのをUPするにあたって
校正していて思い出しました……
2006.04.30 如月 水瀬