身動きが取れず、次元の穴が獲物を獲ようと一際大きく口を開いたため、覚悟を決めたように三人
はほぼ同時に瞳をギュッと閉じた。その瞬間バチバチッと力と力がぶつかり合う音が三人の耳に届く。
いや、リョーマだけは正確に何の音なのかは理解出来ていなかった。
リョーマは恐る恐るという体で、跡部と千石は誰の仕業なのかを確認するために閉じていた瞳を開
いた。
一瞬前までは確かに自分たちを取り込むために大きな口を開けていた穴は、今目の前で閉じようと
している。一人の獲物も取り込むことなく。急速ではなく緩慢に、そして何か別の力に抑えつけられ
ているのか、何かに抗うように抵抗しているように見えた。少なくともリョーマには……。
「……何? どうなってんの? 景吾とキヨがやったの?」
呟かれた言葉は全て疑問形だったが、今のリョーマの頭にはそれしかなかったのも確かだ。
「……俺たちじゃねぇ。だが……」
「だが何?」
「オレたちはこんなこと出来る人物を知ってるんだよ」
「!! それってもしかして……」
自分たちの、――正確にはリョーマのみなのだがリョーマはそれを知らないため、三人ともが狙わ
れていると思っていた――命を狙っている者たちではと考えるが、それはあっさり否定された。
「大丈夫だよ。彼等は敵じゃないからね」
「彼…等……」
ということは少なくとも二人はいるということだ。
動こうとしたリョーマだが背後から誰かの腕に羽交い締めにされた。
「!? ちょっ」
「まだ、大人しくしてろ。穴が閉じるまでは油断すんじゃねぇ」
警戒を解かない跡部の声が頭上から降りかかり、反射的に抵抗しようとした身体も動きをピタリと
止めた。目の前では次元の穴が抵抗虚しく閉じきり、跡形もなく消失した。
「ねぇ……」
「……あーん?」
「いつまでやってんのさ……」
「…………ちっ」
出来るならいつまででも自分の腕の中に閉じ込めておきたかったのが跡部の本音だ。しかし、千石
もいる。更には正体不明な人物も二人以上いるとあっては黙ってされるがままのわけにはいかない。
舌打ちをした跡部に対して睨みを送るも跡部は既に不機嫌である。聞いているのかどうか不明だった。
「跡部性格変わったんか?」
そんな二人の間に入ってきたのは千石ではなく、聞いたことのない声だった。微妙に普段自分が使
っている言葉とイントネーションが違うと思いながら、このシチュエーションでは最もな言葉を口に
した。
「……誰?」
「気にするな。幻聴だ」
リョーマには相手は分からないが、余りにもな言葉だった。
千石は知っているからこそだろうか必死に笑いを堪えているようだが、成果は全くない。身体は小
刻に振るえている。誰の目から見ても明らかな状態。
「お前もいつまで笑ってんねん。いい加減俺等にもお姫さん紹介しい!!」
「そうだ! そうだ! お前等だけズリイんだぞぃ!!」
「……けっ、少しは成長しやがれ」
いつまで経っても紹介してくれないので、我慢も限界を超え自ら進んで出てきた。そして、その内
の一人の姿を目にした瞬間リョーマは叫んだ。
「!? アンタあの時の!!」
「へへ、久しぶりだぜぃ! 俺のこと覚えててくれてたんだな♪」
そう嬉しそうに言った赤い髪が印象的な少年はリョーマに飛び付いた。が、
「何すんだよ跡部!」
「るせぇ! てめぇこそ何勝手にリョーマに抱きつこうとしてんだ。百年早ぇんだよ」
「ズリィぞ! お前と千石は今までずっと一緒だったじゃねーか。今度は俺等の番だぞい!!」
「丸井、てめぇ……」
「景吾ウルサイ! この人とは俺が先に話してたんだ! 聞きたいことあるから静かにしてろ」
「そーいえばお前丸井見て驚いてたな。なんで驚いた?」
リョーマが丸井に対して驚き、何かを口にしようとしたのを遮ったのは自分だった。それを今更な
がらに思い出す。
「だから、それを今から聞くから景吾は黙ってろって言ってるだろ!!」
「……」
「お〜。さすがリョーマだなぁ」
「でしょでしょvv あの跡部君が逆らえないからねぇ♪ もちろんオレも〜」
にこやかと千石は丸井の言葉に同調するが、跡部の様子に気付いているのか……。
こめかみがピクピクとひきつっている。
「お姫さんに勝てるもんなんておらんやろ? いるとしたらアイツくらいやろ?」
「実は違うんだな〜これが♪ リョーマ君のお母さん、倫子さんって言うんだけど、あの人はなんて
言うか……」
「「「……」」」
「別次元vvって感じ♪」
「マジ?」
「ほんまか?」
「……」
リョーマと跡部をよそに千石と丸井たちは話が弾んでいる。
「だからっ……」
「リョーマ、俺なブン太。丸井ブン太シクヨロ♪」
「あ……越前リョーマっス」
「おう! 知ってるぜぃ。アイツの妹だからな」
「え?」
聞き間違いだろうか?
リョーマには丸井が妹と言ったように聞こえた。なので正そうとしようとすると、まだ名前の知ら
ない彼等からの言葉に先を越された。
「俺は忍足侑士や。よろしゅうな、お姫さんvv」
「……悪久津仁だ」
「よろしくっス……」
忍足までもが自分のことを変なふうに呼ぶのでリョーマは戸惑いを隠せない。
「ん? どないしたん?」
「……」
「言いたいことあるんなら、言った方がえぇで?」
「俺、姫でも誰かの妹でもないっス! 俺は産まれた時から男っス!!」
「「「……」」」
忍足、丸井、悪久津は無言のまま微かに驚きを表した。
(バカどもが……)
(あちゃ〜……)
跡部と千石は頭を抱えていた。
「……まだ、話してなかったんか?」
「っち」
余計なことをばらした忍足とは喋りたくないのか、跡部は舌打ちをし、顔を背けた。となると必然
的に答えるのは千石しかいない。いつもなら進んで話すところだが今回は出来るなら遠慮したいとい
うのが正直な気持ちだった。理由は簡単。リョーマの視線が痛いからだ。
(……跡部君、貸し1つだからね!)
跡部にしっかり聞こえるように呼びかけるも、聞いていないのか答えはなかった。
「……まだちょっと早いかなぁ〜と思って話してないんだよ。まさかこんなに早く悪久津たちが来る
とは思ってなかったからねぇ。ゆっくり説明したかったんだけど、やっぱ無理なんだろうねぇ?」
「そうなんか……。でも、こっちももう時間ないんや」
「「!? 何故だ(何で)?」」
「???」
「俺たちに隠れてイロイロとやったみたいなんだよ。だから、結構限界かもしんねぇ……」
「ちゃんと見張っとけ! 何のためにお前等を付けてたと思ってんだ。あーん?」
「悪い……」
「ほんま返す言葉ないわ……」
「……ケッ」
「……ねぇ、何の話? 俺にも分かるように説明してよ」
「……仕方ないよね」
「……あぁ」
「どうやらもう余裕がないみたいだから、全部話すよ。本当はゆっくり話したいんだけどね……」
「行くぞ」
「……うん」
長い話になるだろうことは千石の話し方から容易に想像出来た。恐らく一人暮らししている跡部の
マンションに行くのだろうことも。なので、リョーマは素直に跡部の言葉に従った。
漸く真実を知ることが出来る。
ほんの数時間前には知りたくて二人に問い詰めたのにまだ早いと断られた。
それが丸井・忍足・悪久津の登場で一変。
彼等が持つカードはそれほど重要なもの。
しかしその中心にいるはずのリョーマはまだ何も分からない……。
◆◆コメント◆◆
再び前回と比べて長さが……
まぁ、気にしないで下さい(死)
三章頭の会話文で分かっていた方は分かっていたでしょう。
漸く登場です。
ブン・侑士・悪久津の三人衆vv
ブンとリョーマは既に対面済ですが……
これもどこで会っているのか気付いているとは思います。
簡単です。所詮水瀬が書く文章ですので(笑)
取りあえず、そのはっきりとした答えは次回になります。
景吾がウルサイので(死)
2006.02.12 如月 水瀬