君という光 第二章 19


  





「……」

 跡部が言った抜け道というものを目にしてリョーマは冷たい眼差しを彼に向けた。

「……」

「……これのどこが抜け道?」

「立派な抜け道じゃねーか」

「……どこが。塀ぶち壊して外と中繋げただけじゃん。景吾だったらもっとスマートに忍び込むとか

できなかったわけ?」

「んなこと、考えてる暇なんてなかったんだよ。お前がこの町に来た段階で奪い返すつもりだったの

に、顔は隠れてるは、あんなモン付けられてるはで、予定が狂ったんだよ!」

「俺だって好きで袋詰めにされてたわけじゃない!! それにあんなモンって何だよ?」

 跡部の指示語で言われた言葉を聞き逃さなかったリョーマはすぐさま切り返す。

「あぁ、そーいえばまだだったな」

「だから、何が!?」

 自分の身体を上から下まで一回りじっくりと見回すと、視線は足首でピタリと留まった。

「……景吾?」

 全く読めない、訳が分からない跡部の行動にリョーマは目の前にいるのが本当に自分のよく知って

いる彼かどうか怪しくなってきた。心の深淵のそんな感情を敏感に感じ取ったのか、無意識に後退り

している。

「動くな」

「っ!?」

 怒りが滲んでいるわけではない。むしろとても静かな声音。けれどそれが余計にリョーマの不安を

煽り、声と同時に軽く掴まれた肩を大きく震わせた。

「ご、ごめっ……」

「何怯えてんだよ。俺は俺だろーが。あんなモンってーのはコイツのことだ」

「何コレ?」

 跡部が指差したモノ。それはリョーマの足首に付けられていた。シンプルなアンクレットにしか見

えない。少し力を入れればすぐに引きちぎれそうなほど繊細な鎖はほとんど重さを感じさせない。そ

のためリョーマは今まで全く気付いていなかったのだ。

「人間は一人一人独自の気を持っている。例え双子だとしてもそれは決して同じじゃない。まぁ似て

いる者はいるがな。特に血の繋がりが深ければ深いほど似通ってくる。だが、全く同じ気の者は存在

しない。魂が異なるからだ。だからお前の気もこの世で一つしかない。そして俺と千石はお前の気を

読み違えたりはしない。絶対にだ。コイツはそのオーラそのものを綺麗に消し去る魔道具だ」

「魔…道具?」

 突然の突拍子もない話。しかも魔法などという、超現実主義であるような跡部から何の戸惑いもな

く音にされた単語はリョーマを驚かせるには十分だった。

「コレの説明も後でしてやる。とにかくすぐに外すから大人しくしていろ」

 跡部の言葉にリョーマは素直にコクリと頷きを返した。

 リョーマの足元に膝を着き、右手を軽く握り、人差し指と中指の二本で魔道具と言うアンクレット

に軽く触れるとリョーマにすらも聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で詠唱する。そして短い

と思われる詠唱が終わると同時にそれは一箇所に亀裂が入りリョーマの足首から地面に滑り落ちた。

「これでいい」

 安心したように一息吐くとズボンに付いた土埃を軽く払いながら立ち上げる。

「行くぞ」

 今度こそ本当に大神殿から脱出するために促すが、リョーマの視線は一箇所が切れ、もう機能しな

いと思われるアンクレット、いや、今ではただの細い鎖に注がれている。

「捨てておけ」

「……」

「聞こえねーのか」

 跡部の叫ぶ言葉を無視してリョーマは鎖を拾った。そして、埃を払うと大事そうにズボンのポケッ

トにしまいこむ。

「景吾、行こ!」

「あぁ。だが、んなモンどーすんだ?」

「別に。ただなんとなく持っていなきゃいけないような気がしてさ。俺もよく分かんない……」

「……そーかよ」

 そんな会話は走る最中にも続いていた。

 リョーマの表情は一人でいた時とは明らかに異なっている。そしてまた跡部も言うまでもない。

 ようやく二人は出会えた。元に戻るには後は千石が加わる必要があるが、こうして二人が無事に出

会えたのだからそれも大丈夫だろうと心のどこかで油断していた。ここはまだ三人以外には味方は一

人もいない世界なのだ。

 彼等はまだ知らない。本当の敵は神官などではないことに。











 二人が去った後、どこからともなく二人の人物が現れた。

 せっかく捕まえたお告げの人物が目の前で逃走したというのに特に焦った様子をみせることなく、

逆にとても落ち着いた様子で静かに二人が去った方を見据えている。

「これでよかったのですか?」

(ええ、ありがとうございます)

 先に音を発したのは初老の神官。それに答えた人物は全てをローブのような白い布で覆い隠してい

るため姿形はもちろんのこと表情すら不明である。けれど、応えの声音はやはり落ち着いたもの。寧

ろ安堵が混じっていた。

「私は何もしておりませんよ。本当に何も」

(それだけで十分です。跡部と会えた。それが大事なことですから。千石ともすぐに)

「あの子はよく似ていらっしゃる」

(……そうですね。でも、だからこそ…………)

「……」

 彼等の胸中は同じだった。

 浮かんでくるのは優しい笑顔がよく似合う綺麗な女性。黒髪に青灰色の瞳が印象的で、優しげな雰

囲気ではあるが瞳には意志の強い光が宿っている。そう、その女性はリョーマによく似ていた。彼等

は静かにその場に佇んでいる。沈黙を破るのが畏れ多いことのように感じるが、いつまでもこのまま

ではいけないのも確か。初老の神官はゆっくりと口を開いた。

「戻りましょう。己のすべきことをするために。貴方も無用な力を使ってはいけません。悲しむのは

貴方の大事な方ですよ」

 必要な言葉のみを伝えると初老の神官は神殿の中へと入っていった。





(どうか無事で……)

 リョーマと跡部が去った方を見つめ、祈りを込めて呟くと全身に白い布を纏ったその姿は次の瞬間

には消えていた。









      ◆◆コメント◆◆
       もの凄いお久し振りな続きです。
       っていってもだいぶ前には書いていたのですが……
       誕生日小説が書きたかったのですよ!!
       
       ということで、跡部曰く抜け道は
       ただ壁をぶち壊しただけでした♪
       なんかもっとカッコ良く隠し通路とか
       隠し扉とかも考えたんですが、この時の管理人の
       気持ち的に「うん、壁壊そう!」だったんですvv
       そしてリョーマの奪還に躊躇した理由も
       明らかになりました。どうでもいいネタですが……
       あの鎖持って帰ってリョーマはどうするんでしょう?
       勢いで書いたため何の意味があるのか
       管理人にも分かりません(死)
       でもきっと意味があるのでしょう!
       何か考えていた記憶は微かにあるので(−_−;)

       ではでは、次もよろしくお願い致します。
       

             2005.10.18  如月 水瀬