予想外の事態に今回は見送るしかなかった跡部は、仕方なく宿に帰った。
宿の主は禍を招く少女が見つかったことで漸く禍から免れると意気揚々と仕事をこなしている。調
理場の方からも鼻を擽る美味しそうな匂いが漂ってくる。どうやら今夜はご馳走のようだ。足取り軽
く、表情にこやかな主人とは正反対に跡部の表情はいつにも増して難しいものだった。それに気付い
た主人は疑問符を浮かべるしかない。彼の思考など考えもつかないのだから。
「少女の顔は拝見できましたか?」
取り留めのないことを聞いたつもりだったのだがそれは跡部にとって地雷でしかなかった。
無言で主人を睨みつけると、主人は一瞬硬直し、その隙に跡部は借りている部屋に篭るのだった。
「お客様、朝食のお時間ですが……」
いつもの時間が過ぎても下りてこない跡部に、心配になった主人は部屋を訪ねた。
ドア越しに話しかけるも応答はない。
「……お客様、失礼します」
謝罪の言葉を述べ、ドアを開けると部屋は既にもぬけの空。
全てが綺麗に整えられ、シーツには最初から使用していなかったかのようにシワ一つない状態だっ
た。唯一人がいた形跡として小さなテーブルの上に代金が入っているだろう布の袋と一枚の紙切れが
置かれていた。
町の中とは殊更漂う空気が異なる場所。
緑がその場を支配し、緑の中心には清らかな水が溢れ続ける小さな噴水が設置されている。自然の
緑以外はほぼ白で統一されている建物と高い塀に囲まれたここは大神殿の中。その中庭と認識される
場所の隅に緑の葉が生い茂る立派な木がいくつか立ち並び、建物の窓からは死角となる場所に二人の
人物がいた。
「……で、お告げの人物はどこにいる?」
「大神官様に連れていかれました」
「だから、どこだ」
「……おそらく神殿の一番奥の建物の地下牢だと……」
「地図は?」
「大神官様の部屋です」
「それ以外には?」
「ありません」
「分かった。もう行っていい」
「はい」
もう用なしとばかりに追い払われる男は、もう一人の自分よりも一回りほども年下の少年に対し特
に気分を害したふうもなく、焦点の定まっていない虚ろな瞳をしたままその場をあとにした。そして、
本来の仕事場に戻ると何事もなかったかのように普段の仕事をこなすのであった。
中庭に残った少年跡部は上手く潜入したまでは良かったのだが、良い情報がなかなか手に入らない
ことに少々苛立ちを感じ始めていた。潜入したのは早朝だったが、現在は太陽がほとんど真上まで昇
ってきている。つまりもうお昼の時間である。何人かに同じような質問をしたが返ってくる言葉は同
じもの。
ただ時間だけが無駄に過ぎていく。
「感で行くしかないか……。なんとかなるだろ」
一番奥ということから目指すべき方角は分かる。
問題は地下牢。
普通に地下に続く道があれば簡単なのだが、おそらくそんなに甘くはないだろう。間違いなく隠し
通路であると跡部は確信していた。
「ん?……」
微かに人らしき気配がし、そこを確認するも誰もいない。
「気のせいか?」
それで片付けると地下牢を目指して中庭から建物の中へと入るのであった。
「……ここか。ちっ、予想外に時間がかかっちまったぜ」
中庭からリョーマが捕らえられていると思われる地下牢まで距離は思ったよりはなかった。けれど
やはり普通には辿り着くことができないようになっており、更に余り術を乱用するわけにもいかず、
自力で探すしか手段はなかった。そう神殿に侵入する時に既に一度術を使用しているのだから。この
世界での術の使用は思ったよりも体力と精神力を消耗した。跡部自身は決して体力的にも精神的にも
未熟なわけではなかったが、万が一に備えて温存しておくに越したことはないのだ。
現在よりも未来を。
自身よりもリョーマを。
それが何よりも重要なこと。
念頭に置くべきこと。
見張りは誰もいなかった。複雑な造りを考えると必要ないとも思える。跡部だからこそ辿り着けた
といっても過言ではなかった。暫く下りの螺旋階段が続き、ようやく少し開けた場所に着いた奥から
僅かな灯りがちらつく。
離れていたのは僅か数日。けれど一年以上も離れていたような感覚が跡部の心を占めていた。やっ
と会えると、まだ決して安全な場所まで逃げたわけではないのだが、自分がついていれば大抵のこと
からは守ってやれるという自信から、安堵の気持ちと表情には余裕が戻り始めていた。
そして地下牢に足を踏み入れた瞬間
「…………」
それはもう綺麗に綺麗にフリーズしていた。
ここにいないリョーマや千石がもしいたならば、それはもう驚愕した後大爆笑間違いなしであった
だろう。
「確かに……確かにアイツは大人しくしてるタマじゃねーが…………頭痛がしてきた」
思わずその場に座り込んでしまった。叫びたかった。それはもう大声で叫びたかった。「人がせっ
かく助けに来てやったのになんでいねぇ!!」と……。
跡部が視界に入れた光景。誰もいない無人の地下牢だった。
◆◆コメント◆◆
お疲れ様でした跡部(笑)
残念でしたね。せっかく再会できると意気込んでいたのに(ニヤリ)
ここで再会させても良かったのですが、
リョーマの性格を考えたら、ただ助けを待つなんて有り得ないですからね!
だからもう少し頑張って下さいませ♪
次はリョーマサイドかな?
ではでは、次週に
2005.09.01 如月 水瀬