(できれば使いたくなかったが、仕方ない。成功すると良いのだけれど……)
覚悟を決めるとユキはリョーマを自分の背に隠した。
「ちょっ!? 何する……」
「静かに。一緒には行けないけど、必ず彼等に会えるから。だから、少しの間大人しくしていて」
「ヤダ! 俺だけ逃げるなんてできない。あんたも一緒に!!」
その言葉はユキにとって何よりも嬉しいもの。できるのならユキもリョーマと一緒にこんな場所か
ら退散したかった。けれどできないものはできないのだ。
では、優先するべきことはというとリョーマを安全な場所へ逃すこと。
「ありがとう。でも、君も分かってるよね」
「っ……」
何が言いたいのか理解できるため、反論は言葉にならない。その間にユキは何か呪文のようなもの
を唱えだした。それと同時にリョーマの体が光出す。いや、正確には光がリョーマの身体を包み込ん
でいる。
神官たちは目の前の光景に畏怖を覚え、二人に向かって手当たり次第に武器になるものならないも
のを投げつけ始める。
リョーマに向かって飛んできたそれらは身体に触れることなく、身体を包み込む光によって全て消
滅させられている。呪文を詠唱しているユキは瞳は閉じているが、流れるように身体を動かし気配で
避けていた。けれど、
彼は突然動きを止めた。
止めた瞬間呪文を紡いでいた口から真紅の液体が流れ落ちた。
血を吐いたことで体勢が崩れ、今まで簡単に避けていた障害物が跪いたユキに襲い掛かる。
「危ないっ!!」
「動かないで!!」
庇おうとしたリョーマを制したのは瀕死のユキ。
ほんの数分前までは何もなかった。神官たちに追い詰められていたが、ユキは普通にしていた。体
調の悪さなど欠片も見せていなかったはずだ。
なのに何故突然血を吐くのか。
どうしてそんなに顔色が悪いのか。
会ったばかりの自分にどうしてここまでするのか。
どうして近くに寄ることも駄目なのか。
疑問が頭の中を高速で駆け巡る。
「ぼ、僕は…大丈……夫…だ…から」
「でもっ……」
辛いはずなのに、顔色もこれ以上ないというほど酷い色をしているのに笑顔で大丈夫と答えるユキ
の姿に涙を堪えることはできなかった。大粒のそれがリョーマの頬を濡らしていく。
(あと、もう少しなんだ……耐えてくれっ)
魂の叫びともとれるソレはどうやら通じたようだ。ユキの詠唱が終わるとリョーマの身体を包み込
んでいた光が一際輝きを増し、球体のように膨れた。
(良かった……)
「な、何コレ?」
ユキが術が何とか完成しほっと安心してるのとは対象にリョーマは自身に起こっている現象に驚嘆
していた。
「今から…送る……から。側に…行きたい人のこと…………っ!?」
「!? ユキさんっ!!!!!!」
神官たちの投げた先の尖った杖のようなものがユキの身体に綺麗に突き刺さったのだった。リョー
マは絶叫し、自分を包む球体の光を力の限り叩くがびくともせず、その中から出ることができない。
更に完成した術は発動に向けて力の向きを変える。術士の意識が不安定な状態だが術は自らの役目を
全うしようとしていた。そして、球体はリョーマを包み込んだままある高さまで浮上すると一瞬停止
し、次の瞬間にはパシンッと破裂したような音を響かせて跡形もなく消え去った。
(どうか無事に……)
消えた瞬間を目にすると串刺しになってもなお保っていた意識を終に手放した。そして動かない人
形になる前にユキの身体もパシンっと先ほどの術と同様に音を立て、光の粒子となり消え果てしまっ
た。後には何も残っていない。
神官たちは目の前で起こった現象に驚愕するかと思いきや、全員が虚ろな目をしていた。しばらく
呆然と佇んでいるだけだったが、「何でこんなとこに集まってるんだ?」という誰かの一言で、正気
を取り戻し、いつもの仕事に戻ろうとこの場をあとにした。
「ど…して……。な……で…」
衝撃が強すぎて、言葉が上手く紡げない。そして出てくるのは疑問ばかり。周囲の感じが変わって
いることにも気付いていない。己の世界、それも悪い意味でのソレに入ってしまっていた。けれど、
幸か不幸かその世界からリョーマを引き上げる者がここに存在するのだった。
「やはり貴様は妖かしの類だな。もう言い逃れはできんぞ。誰か、誰か!」
「!?」
咄嗟に逃げを打つが神官たちが駆け込んでくる方が早かった。
「あ……」
再びリョーマは捕らえられ牢屋に逆戻りすることになった。
「貴様は油断ならん。下級の神官では逃げられる恐れがある。明日私自ら貴様を大神殿に連行してや
る。ありがたく思え」
乱暴に投げ入れられ、まだ体勢の整っていないリョーマを見下ろしながら偉そうに吐き捨てると早
急に牢屋をあとにしようとする。
「あの人は!! あの人はどうしたんだよ!!」
「あの人? なんのことだ?」
「ふざけんなっ!! 俺を助けようとしてくれた人だよ!!」
「? 貴様は一体何を訳の分からぬことを言っておる。ここには部外者は貴様一人しかおらん。まし
てや助けに来る者などいるはずがなかろう? 異世界から来た見ず知らずの貴様を」
侮蔑・嫌悪の色を色濃く宿した瞳とニヤリと嫌な笑いを浮かべた男の顔は見るに耐え難く、リョー
マは反射的にその顔から視線を外した。
けれど頭の中には何故?という疑問が渦巻く。つい先ほどまで自分と一緒に神官たちと対峙し、つ
い先ほど自分の目の前で倒れたユキ。リョーマを助けようと、庇ってくれた彼に対して目の前の男は
憤怒し、情け容赦ない言葉を投げつけたのをしっかり聞いている。それなのに男は知らないと言う。
瞳には負の暗い色しか見て取れないけれど、嘘をついているようにも見えなかった。神官たちがこの
場を去ったことにも気付かないほど深く深く答えが出るようで出ない思考に耽っていた。
彼等の記憶からはユキに関することが一切消去されていた。
ユキの身体が光の粒子となって消えたと同時に……。
◆◆コメント◆◆
……ユキ。
短い生命でごめんなさいm(__)m
けれど、このことを知れば彼らはしっかり君に感謝するでしょう。
大事な大事なリョーマを護ったのだから。
文字通り命がけで。
これでやっとリョーマは大神殿に送られるようですね。
となると、あの方が再び登場するはず……?
さてさてどうなることでしょう(笑)
2005.08.14 如月 水瀬