「……きて」
「……んぅ……」
誰かが眠りを妨げようとしている。
呼びかける声は小さなもの。けれど身体を揺さ振る力は少し強めのもの。
寝汚いリョーマはその妨害者に対抗するかのように離れようとする睡魔に縋り付いて睡眠を欲する。
両者の我慢比べが始まったが、当然ながら勝敗は目に見えていた。
「……起きて!」
「う〜…後5分……」
「ダメだよ。早く起きないと手遅れになってしまうよ。彼等と無事に再会したくないの?」
「!?」
その一言はリョーマの目を覚まさせるのに十分な威力を持っていた。あれだけ愚図っていたリョー
マが聞いた瞬間はっきりと目を覚ましたのだから。
「アンタ……“ユキ”だっけ? なんで知ってんの?」
不信の色を色濃く滲ませた目で睨みつけた。
「今は詳しく話してあげられない。時間がないんだ。早くここから逃げないと神官たちに見つかって
しまう。そうなれば君の生命に危険が及ぶ。だから今だけは何も聞かずに僕を信じて。本当に君を助
けたいだけなんだ」
リョーマの瞳から一瞬たりとも逸らすことをせず、何の曇りもない瞳で見つめながら語るとリョー
マは少しだけ時間をあけてから頷きを返した。
「ありがとう。急ごう!」
「っス」
「うまく逃げられればいいんだけどな……」
誰もいなくなった部屋に監視役の男がどこからともなく戻ってきた。
彼は二人が消えた先をじっと見つめていた。
「おい、いたぞ!!」
牢屋から抜け出し、順調に出口に向かって進んでいたのだが、最後の最後で一人の神官に見つかっ
てしまった。それでも最初は逃げていたのだが、やはり人数が半端ではない。相手数十人に対してこ
ちらはたった二人。しかもここは相手の生活空間で、初めて足を踏み入れた場所。数的にも地理的に
も二人には不利な状況である。
次第に二人は追い詰められていった。
「全く梃子摺らせやがって。……ん?」
周囲を神官たちに囲まれてしまい、とうとう身動きが取れなくなってしまった。目の前にはパオの
中に強引に入ってきたあの時の偉そうな男が神官たちの輪の中から一歩出て、リョーマたちを睨んで
いる。そして愚かな侵入者を確認して少しの驚きを表情に出していた。
「お前はあの村の……」
「それが何か?」
「神殿に逆らう気か? どうなるか分かってやっているのか?」
「神様は青灰色の瞳を持つ少女を連れて来いと仰ったのです。彼ではありません。間違いです。そし
て彼を巻き込んでしまった責任は最初に間違えてしまった僕等にあります。だから無実の事柄で囚わ
れた彼を助けるのに何の問題があるのですか? 問題があるとすれば大神官様の言葉の方でしょう?」
「お前、何という暴言を!?」
「だったら、その大神官とかいう奴ココに連れて来て。俺が直接話すから。このまま黙って状況を受
け入れるなんて絶対ヤダから、原因であるそいつと直接話して決着をつける!」
ユキと神官の話を静観していたリョーマだったが我慢の限界だった。
このまま逃げるだけというのはリョーマのポリシーに反する。やられたらきっちりやり返すという
のが南次郎から教わったことで唯一納得して受け入れられることだった。最初は10倍返しとか無茶苦
茶なことを言われてた気もするが倫子に大激怒されて訂正していたことを思い出す。なので今置かれ
ている状況さえもあまり理解・納得出来ないのに更に理不尽な行動をされて黙って元の世界に帰るな
んて出来なかった。たとえそれが自分の状況を悪化させることに繋がっても、この時のリョーマには
そんなことを考える余裕はなかった。
ユキにしてもリョーマの言葉に驚きのあまり一瞬硬直して止めるのが遅れてしまったのだった。
「お前が大神官様に会いに行くのなら話しぐらいは出来ると思うぞ」
それをあの方が受け止めるかどうかは別にして……と大事な部分は言葉にせず、言葉巧みにリョー
マを上手く誘導しようとする。
「ちょっ……」
「だから、何で俺が行かなきゃなんないんだ。大神官だかなんだか知らないけどそっちがココに来れ
ばいいだろ!」
硬直の解けたユキはへたなことを言ってはとリョーマを止めようとしたが心配は杞憂だった。心中
は見かけよりも冷静だったのだ。簡単に言えば面倒臭かっただけなのだが、結果として口車に乗らな
かった。
「あの方は我々神官の頂点に立つお方。忙しいのだ。こんな辺境の地に来れるわけがなかろう」
「だったら、俺も元の世界に帰るのに忙しいからアンタたちの相手なんてしてられないっス。だから
取りあえずこの人の村に行くからそこ退いて。さっきから邪魔!」
「っっ!? 貴様先ほどから聞いておれば無礼にもほどがある。おい! 少しくらいな傷付けても構
わん。それから牢屋に戻しておけ!」
「村の少年はどうしますか?」
「神殿に逆らったのだお前たちの好きにしろ」
男は言い捨てると輪の中心から抜け出しどこかへと行ってしまった。
「何考えてんのアイツ!! それよりも早くここから逃げた方がいいっス。俺は今すぐ殺されること
はないだろうけどあんたはヤバイから」
「どうせ村に逃げても同じだよ。なら君だけでもここから出さないと。責任は僕たちにあるからね。
大丈夫絶対に彼等に無事会わせてあげるから」
「何で……」
やはり聞き間違いではなかった。
今度ははっきりと聞いたのだから。
「でも、景吾とキヨがここに来ているとは……」
「来ているよ。彼等にとって最優先事項は君だからね。…………そして僕にとっても……」
「え?」
最後の言葉はあまりにも小さな声でだったため、リョーマには聞き取れなかった。こんな状況だと
いうのに首を傾げてきょとんとしているリョーマを見るとユキの表情も場に相応しくないほど優しい
ものとなる。
「何をコソコソしている!!」
二人だけの世界を形成しようとしている二人に、完璧に無視されていた神官たちは怒りが溜まって
いく。
(もう一刻の猶予もない。早くリョーマだけでも……)
神官たちの隙を探すが、あまりにも人数が多すぎて逃す隙がない。
迷えば迷うだけ、リョーマの命が危険に晒される。
それだけは回避しなければならなかった。
(できれば使いたくなかったが、仕方ない。成功すると良いのだけれど……)
◆◆コメント◆◆
早速リョーマはケンカを吹っかけてます(笑)
さすがですね。怖いもの知らず。
“ユキ”は、まぁ分かる方にはすぐに分かると思います。
所詮管理人の乏しい想像力で書いてるものですからね……
そしてユキはどうするのでしょうか?
というかどんな手段を使ってリョーマを助けるのか?
跡部たちのことも知ってる模様。
彼は一体何者(笑)
そして、もう一人気になる人物。
監視役の人物。
彼も一体何者なんでしょう?
実は管理人にもまだはっきりと分かっていません。
勝手に指がキーを押していたのですよ(−_−;
今後に絡んでくるのか、こないのか……
2005.08.05 如月 水瀬