夜も更け、物の怪たちの力が最も強くなる頃、普通の者たちなら心地良い夢の中にい
るだろう刻(トキ)。物音を最小限に抑えた小振りな牛車がある屋敷の前で静かに止ま
る。
屋敷の者たちは誰一人として気付かない。
余りにも静かに行動していることもあるが、何より刻が刻である。仕方なかったと言
っても誰も文句は言えないだろう。
「……着いたっすよ」
渋々というか、嫌々という感じをこれっぽちも隠そうとせず、手綱を握っていた人物
桃城は牛車に向かって小さく報告した。
「ありがと、桃」
「先に見つけたの、オレたちにゃのに〜。ズルイぞ不二ぃ!!」
「英二。こーゆーのは誰が見つけたとかは関係ないよ。誰が一番最初に手を出したかが
重要なんだよvv」
笑顔でとんでもないセリフをさらっと言うのは、まぎれもなく現東宮である不二周助。
不二の護衛(必要かどうかは疑問/笑)としてついて来た桃城と菊丸は人間的にも立
場的にも逆らうことができない不二に、涙を呑むしかなかった。
二人はお互いの手を取りあって、お互いを慰めている。そんな二人を楽しそうに見な
がらも、こんな場所で無駄な時間を過ごすのは勿体無いと思い、行動に移ることにする。
「「本当に行くの(行くんすか)不二(先輩)?」」
「当然でしょ? 何のためにこんな時間にこの僕がここまで来たと思ってるのさ。何も
しないで帰るわけないでしょ?」
((あぁ〜〜〜〜〜〜〜!?))
声にならない叫びが二人の心境を表している。
けれど、それで不二が計画を中止するはずなどない。寧ろ余計にやる気を煽っていた
りする。
「じゃあ、行って来るねvv」
嬉しそうに、本当に嬉しそうに牛車から降りると、屋敷の囲いの比較的低いところを
探し、桃城を踏み台にし、ひらりと囲いを越える。
「一度帰ってもいいけど、夜明け前にはここにいること。もしいなかったらどうなるか
分かってるよね?」
「「はい!」」
帰ってもお互い慰め合うだけ。そして、一秒でも遅れたら不二に苛められる。それな
ら回避できるものは回避したいと思うのは当然のこと。例え頭の悪い二人でも、それぐ
らいは考え付く。
彼らはここで夜を明かすことになった。
「たぶんこの辺りだと思うんだけど……」
無事屋敷に忍び込み(東宮としてどうなのかと思うが、不二自身は全く気にしてない
だろうが)
リョーマの部屋を昼の光景を頼りに探していた。
広さは違っても、基本的な造りは桂の屋敷とあまり変わりはない。主の部屋がどの辺
りにあるのか検討をつけて、ほとんど迷いもなく不二は歩いている。当然足音は綺麗に
消して。
「ここかな?」
庭に面した部屋の更に奥に、障子と壁によって外界から護られるような造りになって
いる部屋。
その中心の文様鮮やかな几帳に囲まれている空間から、健やかな寝息が聞こえる。
「当たりvv」
何の躊躇もなく不二は几帳をずらした。
そこには当然というかリョーマが眠っていた。
今自身がどんなに危険な状態になっているかなど知る由もなく、無防備に、そして気
持ち良さそうに眠っていた。
「可愛いvv 僕の目に狂いはないね」
不二は暫くの間、そんなリョーマの寝顔を堪能するかのように熱い視線で見つめてい
た。裳着を済ませて間もないだろうリョーマにこれから自分が行う行為は酷いものでし
かない。けれど、そんなことを気にしていれば、本当に欲しいものは手に入らない。愚
図愚図していれば他人に盗られてしまう可能性だってあるのだ。
「ごめんね。でも、必ず幸せにするよ」
呟くと同時に不二は眠っているリョーマに覆い被さり、まずはというように自分の唇
をリョーマのソレに近付けていく。
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