平安異聞 肆  


  



 不二が菊丸と桃城に文を届けさせて三日が過ぎた。

 だらしなく直衣を肌蹴させ、だらしない格好で渡り廊下に座り込み、珍しくボ〜ッと

庭を眺めている。目の前には藤の花と夏菊の花が広がっている。しかし、不二の目には

それらは見えていなかった。確かに花として捉えられてはいたのだが、花の種類は異な

っていたのである。



  何の花かというと……









「返事こないなぁ。英二と桃はちゃんと渡してくれたのかな。もし何かミスしてたら…

…」

 その頃、菊丸と桃城は自分たちに与えられた仕事を真面目にこなしていた。そんな二

人は突然悪寒に襲われたと後に零す。

 自分の何気ない一言が相手にこれ以上ないというほど大きなダメージを与えることを

自覚しているのか、いないのか……。全く気にしたふうもなく文を送った相手のことを

考えていた。

「どうして返事こないんだろう。僕の文が気に入らなかったのかな?」

 言葉は愁傷なことを言っているが、この男実は微塵もそんなことを思ってはいなかっ

た。何故なら、不二は自分の容姿を自覚し、それを武器として最大限に利用しているし

(今現在は関係ないが)、女性関係も容姿と身分柄経験豊富で、文の内容などどのよう

に書けば心をゲット出来るかなど分かりきっていたのだ。



 悩むこと数分



「よしっ」

 朱塗りの箱から料紙を一枚取り出し、『ちょっと出掛けてくるねvv』と書き記すと

足音を立てずに屋敷を抜け出した。







 厩から無断で借りた馬を走らせ、緑の木々に囲まれたあまり広いとはいえない道を目

的地に向かい進んでいた。ほどなくして目的の屋敷は目前に現れた。

 菊丸の言葉通り、屋敷は見事なてっせんに囲まれている。花が咲いていなければ恐ら

く寂びれた別荘とされるのだろうが、綺麗な花が咲いており、手入れもしっかりされて

いるので、見苦しいどころかなんともいえない落ち着いた美しさがそこには存在してい

た。これがお付きの女房や庭師たちの趣味なのか、主人の趣味なのかは分からないが、

不快を感じることがないので、取りあえずこの段階で不二の興味が損なわれることはな

かった。

 いきなり正面から訪ねるわけにはいかないため、不二は様子を見るために裏手にある

垣根にまわった。









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