「ちょっと佐伯。君のところの女房躾がなってないよ。人が急いでるっていうのに殊更
ゆっくりと案内してさ、どこの部屋か教えてくれたら一人でも行くって言っても無視す
るし。辞めさせた方がいいんじゃないの?」
「ああ、ごめんごめん。俺がちょっと部屋をちらかしてたから、ゆっくり案内するよう
に言ったんだよ。だから彼女たちに非はないよ」
「……ちっ」
入るなり文句を述べる不二を簡単に受け流すのは、さすが従兄弟同士といえる。八つ
当たりで他所の女房を辞めさせようと考えていたのか、ソレが出来なくて舌打ちするの
は腹黒いとしか言いようがない。
(サイテー……)
几帳の中から盗み聞きしているリョーマが呆れても仕方ない。むしろ当然の感想。
「何をそんなに慌ててるのかは分からないけど、取りあえず落ち着こう不二。君らしく
ないよ」
「落ち着いてなんていられるはずないじゃない!?」
佐伯の言葉は逆効果だった。
落ち着かせるどころか余計に落ち着きをなくさせている。
(珍しい……。アイツがあんなに慌ててるなんて何があったわけ?)
他人の前では常に冷静である不二がソレを崩すということは余程のこと。原因は佐伯
の言葉をきちんと理解していればすぐに理解るものなのに、信じることができないリョ
ーマには原因は見当もついていなかった。
(やっぱり分かってないみたいだね)
几帳の中にいるリョーマが少しだけ顔を覗かしている。その顔には疑問が浮かんでい
るのがよく分かる。こちらを見つめ、こてんと首を傾げているのだから。
慌てているため、いまだ不二は気付かない。
この部屋の人の気配が二人ではなく三人だということに。
「で、一体何があったの不二?」
原因など分かりきっているが、全く知らない振りをしてリョーマに教えるために不二
の口から答えを出させる。
「リョーマ君が、リョーマ君がいなくなったんだよ!! それなのに落ち着いてられる
わけないでしょ!! ああ、何かあったらどうしよう。変な奴等に何かされて……。可
愛いから誘拐とか、人身売買とか、もしかして最悪誰かに……。どうしよう!! ねぇ、
佐伯どうしたらいい? 君近衛の中将でしょ、何とかしてよ!!」
「それを言ったら不二は東宮だろ? いいから落ち着こう。まずは冷静にならないと。
焦っても何もいい案なんて出てこないよ?」
「分かってるさ! でも、でも、もしあの子に何かあったらって考えるといてもたって
もいられないんだよ!! ここは宇治じゃない。あの閑静で静謐な雰囲気の場所じゃな
いんだよ。内裏の内にも外にも危ないやつはいっぱい、そこら辺にいるんだから。だか
ら、だから、リョーマ君が外に出たいのは分かってたけど、一人じゃ絶対変な奴に目を
付けられるのは明白だからダメだって。あの子が元気に走り回る姿は僕だって見たかっ
た。だからなんとか時間を作ろうとしてたのに、手塚がどんどん仕事をよこすから!!
もしリョーマ君に何かあったらどうしてくれよう? ただじゃ済まないからね。呪いぐ
らいで済むとはおもわないでよね。もちろん佐伯も手伝ってくれるよね」
「…………ふ、不二、手塚は帝で仮にも君の兄上だよ。呪いぐらいって一体何をするつ
もりなんだい……」
「聞きたい?」
「遠慮しておくよ。ってそうじゃなくて、帝に何かしたら恐らく仕事は全部君のところ
に回ってくるよ。東宮はいづれ帝になるんだから」
「ちっ!!」
「…………」
(このヒト……)
つい先ほどリョーマも帝に対する不満を盛大に暴露したのだが、不二のソレはリョー
マの比ではなかった。けれどやっていることはななんら変わりはないのだが、自分のこ
とはちゃっかり棚に上げリョーマは呆れていた。佐伯もまた言わずと知れている。
「で、佐伯。リョーマ君を探すの手伝ってくれるよね」
綺麗な笑顔なのだがその笑顔には、手伝わなかったらどうなるか分かてるよねと脅し
が見える。佐伯としては断る気は毛頭なかったので快く返事を返した。
「それはもちろん手伝うけど、見つかったらどうするつもり? さっきの言葉からする
と自分の非も少しは認めているんだろ? 無事見つかって、東宮御所に帰るとしても君
が変わらなかったらこれからも同じことが何度も起きるよ」
「僕だってリョーマ君を縛り付けたいわけじゃない。そんなこと出来るとも思ってない
し、何より僕自身もリョーマ君には自由奔放でいて欲しいから。だから今いろいろと彼
らに動いてもらってる。アイツは絶対にリョーマ君を狙うだろうからその対策を立てる
ために。それが済めばリョーマ君にもある程度の自由をあげられるんだけど……」
「ああ、彼…か」
「そう、アイツ。リョーマ君はアイツの好みにピッタリ合致する。認めたくないけれど、
僕と好みがほぼ同じだ。だから、最初は目的のためだけに利用しようと接近するだろう、
けれどリョーマ君に会って一緒にいたら必ずアイツはリョーマ君を自分のものにしよう
とする。すでに人のものだろうがなんだろうが構わない、自分が欲しいと思えば手に入
れるまで諦めないだろうから。危険なんだ。佐伯、君になら分かるだろう?」
「確かにね。でも不二、そのことを君はちゃんとリョーマ君に伝えたかい?」
「それは……」
「伝えてないんだろ? 誰だってちゃんとした理由もなく束縛されたら嫌がるよ。まし
て君はほぼ無理矢理彼を東宮妃として連れてきたんだ。ちゃんと向き合って言葉にしな
いと伝わらないよ。だから彼は君の言葉を心から信用できずに、不安でいっぱいなんだ。
今も本当に君の言葉を信じていいのか迷ってる。不二が本当に自分のことを好きなのか
信じたいけど、信じることができなくて不安で心が圧し潰されそうになってる。強がっ
てるのはソレに負けないように自分を奮いだたせているから。安心させてあげなきゃダ
メじゃん。やっと本心から愛することができる人と巡り逢えて、言葉も交わすことがで
きるほど近くにいるんだから。そして、都合のいいことに今この場にいるんだから」
「……え?」
いつもなら打てばすぐに反応を返してくるのに今回は少しだが確かに間があった。
それだけ冷静さを欠いているということだろう。
「だから、ね」
言いながら佐伯は部屋の奥に置かれている几帳を指し示す。
「……本当…に?」
信じられないのだろう、微かに声が震え、疑り深い眼で問いかける。
「俺が言ったことちゃんと聞いてたよな? 後は二人でじっくり話し合うこと!!」
言わなければならないことを全て言い終えると、佐伯は部屋を後にしたのだった。
佐伯が出て行ってしまうと、騒がしかった雰囲気が静かなものに戻る。それと同時に
不二は確かにこの部屋にもう一人誰かの気配があることに漸く気付いた。
自身の気配を消すことなく不二は几帳に近づく。
中にいる人物が動く気配がする。
(こ、来ないで!!)
無意識にリョーマは拒絶していた。佐伯が自分がここにいることをばらした時点でリ
ョーマの心はそう叫んでいた。
「リョーマ君?」
几帳はそのままで、頭を抱えて縮こまっていた頭上から声が降ってきた。その瞬間、
リョーマの肩は大きく震えた。
「そこから出てきてくれないかな?」
「…………」
「顔を見てちゃんと話したい。それに謝りたいから。お願いリョーマ君」
一つ一つの単語に思いを込めて発するが、答えは沈黙。けれど不二は根気よく待ち続けた。
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◆◆コメント◆◆
すいません、この回すごく「」が多いです。
なんで、こんなに長い言葉ばっかり……
暴走し過ぎです。皆!!
管理人を困らせてそんなに楽しいのか!?
(↑どこかから、「楽しいよvv」と聞こえてきそうで
ものすごく怖いです/泣)
取りあえず、今回はサエと不二の会話がメインで
それを盗み聞きしながら、突っ込んでいるというリョーマ。
これで本当に二人は仲直りできるのか?
いや、してもらうんですけどね。たとえ強制的にでも(死)
予定では今回で終わるはずだったのですが、最後の最後に
どんでん返しです(−_−;)
やっぱり予定通りなんて甘い考えですね。
でも、次回こそはちゃんと終わります!!!
そしてUPは日曜です!!!
2005.06.24 如月水瀬