平安異聞 第二部3


  



 今はいない父親がいた頃はよく二人で母親に叱られながらも屋敷を抜け出していた。

早朝から、昼過ぎから、夕刻から、はたまた夜中にも抜け出したことがあった。それは

まだリョーマが小さい頃。本当に仲が良く、母親が妬くほど、来る日も来る日も一緒だ

った。本来は息子として育てたかったのだが、状況がそれを許さず姫として育てられた

子ども。何かあった時に対処できるようにと父親として様々な知識を叩き込みたかった

のかも知れない。そんな父親との思い出はリョーマが10歳になるかならないかで終わっ

ている。また、父親に対する感情もそれとともに変化した。親父からクソ親父に……。





 出てくる感情は負のものなのだが、その中にやはり小さい頃には常に感じていた正の

感情も含まれていた。

 心の奥底に閉じ込めてしっかりと鍵を掛けていたはずなのに、思い出したのはあの頃

に学んだ知識で、あの頃と同じようなことを実行しているからだろうか。

「……生きてんのかな? あのクソ親父……。俺が結婚、しかも東宮妃だなんて知った

ら驚く……わけないよね。指差されて大爆笑されるのがおちかな? ………………やっ

ぱムカツク」

 自分で想像して、怒りを感じていればどうしようもない。

 怒りを静めるというか忘れるために、移り行く周囲の景色に意識を向けるのだった。











 あの頃とは変わった景色を楽しみながらリョーマは目的もなくただ歩く。なるべく早

く、都を離れるべきなのだが離れるとなるとやはり寂しさが湧き上がってくるのだ。し

っかりと心のフィルムに焼き付けるために、じっくりと周囲を見渡す。

 あの不二が気に入ったくらいに整った容貌、そのうえ小さくて抱き心地も良さそうで、

纏っている物も少しでも目の良い者がみれば上等の品だとすぐに分かるだろう。そんな

彼が何かに一生懸命集中して、ちょこまかと動く。目につかないものがいるだろうか。

いやいない。人通りが少ないから余計かもしれないが、リョーマは当然の如く目立って

いた。本当に偶にすれ違う人全てが、必ず最低一度はリョーマを視界に映すくらいには。

大半は小さい牛飼い童がお遣いの帰りに探検まがいのことでもしているのだろうと温か

な目で見つめるだけなのだが、その中にはやはり馬鹿な連中もいるわけで、そんな連中

に当然目を付けられてしまうのだった。







「おや〜。どこに行きたいのかな? 迷子の牛飼い童君」

 厭らしい笑みを浮かべながらの言葉は聞くのも堪えがたい。

 通りにいた数人の者たちはさっそうとその場から立ち去った。

「……」

 リョーマは逃げ遅れた。逃げようと後ろを振り返ったら数人の男に囲まれていたため、

小柄なリョーマは身動き出来ない状況に陥っていた。

「……邪魔なんスけど」

「まあ、邪魔してるからなぁ。そりゃトーゼンだろ」

 真ん中にいる男が答えるとその男の左右にいる男たちが「そうそう」と頷く。

「なんか用なんスか? 俺急いでるんで、くだらないことだったら容赦しないっスよ?」

「威勢がいいなぁ。そんな君をどうにかするのはきっと楽しいだろうなぁ」

 真ん中のこの男がリーダーらしく、この男の言葉に左右の男たちが再び頷く。

「…………っなんでコイツ等も」

「? 何か言ったかい」

 心の中で叫んだつもりが、思わず声になっていたようだが、囁きのような声量だった

ため相手には聞こえていなかった。

 ほんの数ヶ月前までは分からなかった。この手の男たちの存在が自分に被害をもたら

すものだとは。幸か不幸か不二という自分には害にしかならない者によって身を以って

教えられたため、敏感に反応することが出来たのだった。



 目的が金品やただの暴力ではないことを……。











「こっちにいい場所があるんだ。逃げようとしても無駄だぜ。人数も体格もこっちが勝

ってるからな」

「……」

「迷子君はどうやら怖がってるみたいですね。怖いことなんか一つもないのになぁ?」

「大人しくしてたらっていう限定がつくけどな」

 無言を通すリョーマにリーダーの付き人らしい二人はリョーマが怖がっていると勝手

に解釈して、好き勝手に話を進めている。

(コイツ等絶対ぶっ殺す!! まずは雑魚たちから殺って、その後にこの男。獲物は…

…え? ………………な、何でないわけ? いつもちゃんと袖の……)

 袖の中に手を入れて本来ならあるはずの守り刀を探すが、何度探してもない。

 袖を振ってみても重みがないため、ひらひらと舞うだけであった。

(今朝着替えた時にちゃんと入れたのを確認したはずって、ああ―――!! 入れ替え

るの忘れたんじゃん!? ………………………………どうしよう? 体術でなんとか乗

り気れる……わけないよね。ここ数年桜乃とばーさんの監視が厳しくてまともに鍛える

こと出来なかったし…………)

 剣術ならまだなんとかなると思って、売られたケンカ(微妙に異なるが)を買ったは

ずなのに、肝心の獲物がないとは思ってもみなかった。しかし、もう後悔しても遅い。

目の前には人などほとんど通りそうにない塀に囲まれた小さな袋小路。

 逃げ道はこの来た道一本しかないが、男たちが立ちふさがっている。

 絶対絶命、孤立無援とは正にこのことであった。









「あれ? さっきより顔色悪くない? どうしたんだ? 急に怖くなったのか?」

 リョーマを壁際に追いやり会った時よりも更に楽しそうに、リョーマにとっては気持

ち悪さが増した笑いを浮かべている。それでもこんな奴等に怯むなんてプライドが許さ

ないため、震える手をギュッと袖の中で握り締め、威勢を張る。

「んなわけ、ないじゃん。なんでアンタたちなんかに怯えなきゃなんないわけ? 自惚

れないでよね」

「このチビ黙ってきいてりゃ!?」

「おい、やめろ」

「なんで、止めるんです!」

「どうせ威勢がいいのは今のうちだ。最初から熱くなってどうする? 時間はたっぷり

あるんだ」

 リーダー格の男の言葉でリョーマの態度に頭に血を昇らせていた男の気持ちが少しだ

け落ち着いた。

(くそっ、失敗した! あの男結構ヤルじゃん。でも、ホント早く何とかしないとヤバ

イ。次はどうするか……)

 相手を態と煽り、冷静さを奪い、隙を見て逃げるという作戦は見事に失敗に終わった。

男たちも馬鹿ではない。特にリーダー格の男は。

 焦りはいい方向には進まないため、考えは纏まるどころか、浮かんでさえもこない。

 とうとう男たちは動いた。

「触んな!!」

 伸びてきた手をピシャリと跳ね除ける。けれどその行為は男たちの欲望を煽るもので

しかない。また、その反応からやはりリョーマが怯えていたということを無常にも男た

ちに知らせてしまった。

 三人で一斉に動かれ、それまではなんとか身を守っていたリョーマだったが、体力的

な問題もあり、とうとう組み敷かれてしまった。

「っ……」

「これで終わりだな?」

「そう、君たちがね」

 突然この場にそぐわない、耳に心地よい凛とした声が響いた。

「「「誰だ!?」」」

 男たちは同時に振り返る。





  

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   ◆◆コメント◆◆       今回は頑張って話を進めました(一応)       でも、これでやっと半分くらいです。はい。       なんとか5話くらいで終われるよう仕事場に       メモリーを持参して、昼休みにピコピコ打ち込んでます。       次はやっと、この話の本命が登場です♪       幸村、、忍足、鳳、跡部に次ぐ管理人の好きな人物です。       もちろん不二ではないです(笑)       ではでは、次もなるべく早くUP出来るよう       頑張りますm(__)m         2005.06.12 如月水瀬