「どう? 似合う?」
朝、いつもと違う不二の姿にリョーマはビックリして固まってしまった。いや、リョー
マだけではない。手塚を始めとする事務所のメンバーが皆固まってしまっていた。
「どうしたの?」
今日の不二の姿は、いつもと違い、フォーマルなスーツを着用していた。薄いグレーの
上下に、中のシャツはそれよりも濃い目のグレー。そして、首元には、不二をストイック
に見せる黒のネクタイが結ばれていた。いつもと違う不二の姿に何故かリョーマは顔を赤
らめる。
「どうしたの?」
「……べつに」
「はい、コレ」
そう言って不二は昨日の約束通りリョーマにファンタを一本渡した。
「もう一本は僕が帰って来たら渡すね」
その後、不二は手塚と二、三言話すと出て行った。いや、行こうとして一度足を止め、
振り返った。
「行って来るよ。リョーマ君」
「なに?」
「僕がいないからって浮気なんかしないでね」
「するかー!!」
言ってからリョーマははっと気付いた。別にリョーマは不二と付き合っているわけでは
ないのだから、どこで何をしようがリョーマの勝手である。つまり、リョーマが誰と付き
合おうが浮気にはならないのだ。どこまでも、不二に敵わないリョーマがここにいた。
「お前か? 忍足の紹介でここに入りたいと言ってきた変わり者は?」
「はい。不二周助です」
友人(?)・忍足侑士の伝手でここ氷帝ホストクラブの社長である榊太郎の面接を受け
られたのは奇跡に等しかった。それぐらい、ここは厳しいのである。が、そこは、青春探
偵事務所である。一体どんな説明をして忍足に頼んだのか、こうして榊の面接を受けてい
るのだった。
榊の面接は、それはもう必要ないことまで答えなくてはいけなかった。今までの経歴か
ら彼女の数、果てはセックスの回数まで……いろんなことを尋ねてくる。そんな榊に不二
は用意してきた回答をそれはもうスラスラと、本当かのように答えた。
「……よし、今日からここで働くことを許可する。忍足!」
「はい」
「今日からここで働くことになった不二だ。と言ってもお前は知っているな。ここのこと
を教えてやれ。行ってよーし」
社長室から出ると、不二は悪戯に成功した子供のような顔で忍足を振り返った。
「ありがとね。助かったよ」
「別にええよ。お前がここに入った方がおもろそうやもん」
「相変わらずだね」
「ここが俺らの控え室や。邪魔すんで〜」
「何だ?」
部屋に入るとそこには客からの貢物に囲まれている跡部景吾がいた。
「ん? 新人さん連れてきたんや」
「あーん? 不二じゃねぇか!」
「久しぶり。今日からよろしくね」
「何でテメーがここにいるんだ?」
「仕事を首にされてね……」
そう言う不二の笑顔に跡部は警戒の色を濃くする。
「まぁ、ええやんか。とりあえず、今日の客やけどな……」
忍足の話に耳を傾けている不二を睨みながら跡部は、後ろに立っている男を呼んだ。
「おい、樺地」
「ウス」
「不二から目を離すな」
「ウス」
……氷帝ホストクラブがオープンして、一時間が経っただろうか、不二の周りにはたく
さんの女性がいた。これはここのナンバー1である跡部と同じくらい人気があるようだ。
「やっぱ凄いな〜」
女性の相手をしながら忍足は感心した声をあげる。忍足の傍にいる女性も不二が気にな
るらしくチラチラと不二に視線を送っている。
「……」
キツイ視線を感じて不二がふと顔を上げる。その視線の先には跡部がいた。どうやら、
呼んでいるようだ。
「何?」
引き止めようとする女性を宥めて席を外した不二は、跡部によって奥の部屋へと連れて
行かれた。
「何を企んでいる?」
「企むって?」
「お前があそこを辞めるわけがねぇだろうが」
跡部は不二が青春探偵事務所で働いていることを知っていた。
「だから、首になったんだってば」
「……」
跡部は信用していない。当然だろう。初対面ではなく、多少なりとも面識があり、不二
周助という人物がどういう性格をしているか全てではないが知っているのだから。
「あ、跡部さん、不二さん。社長が呼んでいます」
二人を呼ぶ人物がいた。件の人物・鳳長太郎である。
「わかった。今、行く」
二人に言うことだけ言うと、鳳は「宍戸さ〜ん」と叫びながら走り去ってしまった。彼
にとっては宍戸が一番のようだ。
「「失礼します」」
コンコンとドアをノックして、社長室に入ると榊は目でイスに座れと言っている。
「まずは今日一日ご苦労だった。不二も一日目でここまで出来るとはな……」
「ありがとうございます」
「跡部!」
「ハイ」
「今日のお前はお前らしくない。不二を意識しすぎだ」
「スミマセン」
「……客からの要望で明日から、うちは跡部と不二の二人をナンバー1とする。いいな」
「「ハイ」」
「よし。他の連中にもそう言っておけ。行ってよーし」
「「失礼しました」」
「……」
社長室を出た途端跡部はもの凄い形相で睨んできた。たかだか一日しか働いていない不
二がナンバー1になることが相当気に入らないようだ。尤もそれは正しい感情ではある。
しかし、不二が相手では致し方あるまい。
「そんな怖い顔しないでよ。それじゃあ、お先……」
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