「おちび〜、泣き止んでよ〜」
いまだに涙が止まらないリョーマに菊丸は困り切っていた。
「もうやだっ……、俺、菊丸先輩とコンビ組む!」
泣き怒りである。
「ちびちゃん……」
「何してるの?」
「「……」」
リョーマに状況をちゃんと説明して仲直りしようと考えていた不二だったが、その不二
が見たものは、菊丸に抱きつき不二のことを見ようともしないリョーマだった。そんなリ
ョーマの態度に不二の表情が一変した。
「……取りあえず、僕のリョーマ君から離れてくれない?」
「……おちび〜、手ぇ離して〜」
「……ヤダ!!」
不二の報復が怖い菊丸はなんとかリョーマから離れようと試みるが、当の本人が離れよ
うとしてくれない。菊丸にとっては、このリョーマの行為は嬉しいのだが、如何せん目の
前の魔王・不二様が怖い。
「おちびぃ〜、俺を殺す気かにゃ〜」
「っ! 不二先輩、俺今から菊丸先輩とコンビ組みますから、大石先輩と組んでください
!!」
リョーマはかなりご立腹の様子だ。あの、あの魔王・不二様に今日何回目になるであろ
うケンカを売っているのだから……。
「リョーマ君! いい加減にしないと、いくら僕が温厚とはいえ怒るよ!!」
((アンタのどこが温厚なんだよ!!))
と、これは、リョーマと菊丸の心のツッコミだが、この場に誰がいても同じツッコミをす
るのに変わりはない。
「アンタなんかもう知らない!!」
「越前! いい加減にしないか!!」
「「!」」
不二のいつにないキツイ言い方にリョーマだけでなく菊丸もビクッと肩を揺らす。
「……少しは僕の話も聞いてくれないと、本当にこの件から外すからね!」
そう言うと不二は、リョーマのことを見向きもせず再び所長室に戻ってしまった。
「おちび〜。今のおちびのパートナーは不二なんだし、あんなに怒るのもおちびのためな
んだから少しは話を聞いてあげたら? じゃないと本当にコンビ解消させられちゃうよ?
おちびだって、本当は俺と組みたいわけじゃないんでしょ?」
「……で、でも」
不二に本気で怒られたのが効いたのか少しはリョーマの怒りのボルテージが下がったよ
うだ。
「ほら、おちび。行っておいで」
「……せんぱい」
菊丸に背中を押されてリョーマはゆっくりとだが、不二のいる所長室に足を向ける。
「……ということなんだ」
「跡部か……だが、不二の言い方もどうかと思うけどな。越前かなりショックだったみた
いだよ」
「あぁ」
「悪かったね」
「「!」」
気配も音も立てず不二が所長室に入って来た。
「……不二、入って来る時は」
「ノックをしろ!でしょ? 分かっているよ……」
「で、越前とは話せたのか?」
「……」
不二は何も答えない。
「不二?」
「……リョーマ君、英二とコンビを組むってさ」
「「!」」
不二の言葉からリョーマがどれくらい怒っているかが読み取れる。
「……説明しなかったのか?」
「リョーマ君はさせてもくれないよ」
リョーマにコンビを解消すると言われたのが相当ショックだったようだ。しかも一日に
何度も……。
「それでお前はいいのか?」
「そんなわけないでしょ!!」
「だったらきちんと越前に説明をしろ! 越前も少しは怒りは収まったんだろ?」
「!? リョーマ君……」
手塚の言葉に後ろを振り返るとそこには下を向いたリョーマが立っていた。
「それじゃあ、俺は戻るよ。報告は後でするから……」
そう言って大石は所長室を後にした。
「リョーマ君……」
「……話聞くだけっスからね!」
まだ多少なりとも怒っているようだ。
「うん」
不二は手塚から紙を受け取るとリョーマに渡した。
「これ……」
「読んでごらん」
紙に目を通したリョーマにも神尾を連れ去ったのが、そこに載っている鳳だと分かった
ようだ。
「なんで、俺には話してくれなかったんスか?」
「……君は知らないだろうけど『氷帝』はかなりやばいんだよ。本当なら手塚がする仕事
のレベルなんだよ」
「!? ……それ本当なんスか?」
「あぁ、だが、今回の仕事は俺には向いていない。このままお前たちに続けて貰う」
「で、で、仕事の話をするけど、おそらく十中八九神尾君は氷帝にいると思う」
「なら、潜入捜査っスか?」
「……」
「先輩?」
「……あのね、リョーマ君。氷帝はホストクラブなの。潜入捜査をするにはホストとして
赴かないといけないの……」
「で?」
「だから、今回は僕が行くから」
「ヤダ!!」
「リョーマ君」
「ヤダったらヤダ!! なんで皆して俺のこと、子供扱いするんスか!! 俺だって潜入
捜査やりたいっス!!」
これはもう仕事の話という次元ではない。リョーマは不二や他の皆に子供扱いされるの
がもの凄く嫌いだった。そんなリョーマに不二は敢えて爆弾を投じた。
「……越前。今後の話は自分たちの席に戻ってやれ!!」
手塚に一喝されてリョーマは渋々と所長室を後にした。
「……不二。言っておくが越前を余り危険な目に合わせるなよ」
「君に言われなくても分かっているよ」
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