青春探偵事務所  5


  





 神尾の家からの帰り道、暫くの間リョーマと不二の間に会話はなかった。別に喧嘩をし

たわけではなかった。二人とも自身の推理に没頭していたのである。

「「ねぇ、先輩(リョーマ君)」」

 二人の声が見事に重なり、瞳も同時に驚きの色を宿す。先に我に返ったのはやはりとい

うか不二である。

「リョーマ君からどうぞ」

 不二の言葉にリョーマは視線でいいのかと尋ねた。返事は微笑みで返ってくる。それを

確認するとリョーマは先ほどからずっと頭の中を占める疑問を口にした。

「不二先輩が解体した腕時計ですけど、あれって物凄い高価な物じゃないっスか? お金

持ちでもなければあんな高価な物なんて持てないっスよね?」

「僕も全く同じ考えだよ。あの部屋の状態からみて、彼はごく普通の学生だね。一つや二

つくらい多少高価な物を持っていたとしても別に問題はない。だけど、あの腕時計はおそ

らく数百万はする。明らかにおかしい」

 リョーマの言葉を引き継ぎ、更に補足を加え、二人の推理を強化した。

「やっぱり不二先輩もそう思うんスね。じゃあ、あの腕時計は誰か、おそらく金持ちから

のプレゼントってとこっスかね? んで、そいつが犯人?」

「多分ね」

 不二はリョーマの言葉に断定はしなかったが、自分と同じ推理をしていたので不二の機

嫌は最高に良かった。それはもう今目の前で菊丸や桃城などが特大の地雷を踏んでも笑っ

て許せるほどに。但し、リョーマにチョッカイをかけることは別だったが…… 理由は単

に同じ考えだったという至極単純なものだったのだが、不二にはそれだけで十分だった。

「ねぇリョーマ君、結婚しよvv」

「……………………は?」

 突然のプロポーズ。

 リョーマは今までの会話との脈絡を脳をフル稼働させて考えてみるが見当もつかない。

それどころか、自分に対して言われたことにも気付いていなかったのである。いくら考え

ても答えが出なかったので、嫌な予感はしたがリョーマは勇気を振り絞り直接不二に聞く

ことにする。

「あ、あの、どーゆーことっスか?」

「ん? 言葉通りだけど。それで、リョーマ君の返事聞きたいんだけどなぁ〜vv」

「っ……」

 不二の言葉でリョーマは先ほどのプロポーズが自分に対して言われたものだとやっと理

解した。と、同時にリョーマの顔は茹ダコのように真っ赤に染まった。

 不二は可愛いなぁとその顔に見惚れていた。だから、不二にあるまじきことだが油断し

ていた。

 真っ赤な顔のままリョーマは不二を見上げる形で、鋭い双眸でキッと睨みつけた。

「いい加減にしてくださいっ! 何でそんなにふざけてばかりなんスか! 少しは真面目

にする気ないんスか! アンタのそのわけ分かんない行動や言動で皆がメーワクしてるの

がどうして分かんないんスか。てか、分かれよ! それに何で俺ばっか構うんだよ。他に

もいるだろ。菊丸先輩とか桃先輩とか所長とか! 俺はアンタに構われても嬉しくもなん

ともないんス。寧ろメーワクなの! 口開けばどーでもいーことが大半だし、真面目なこ

と喋ってるかと思えば次の瞬間にはもうふざけたこと抜かしてるし、ほんともうサイテー

!! 一体何様のつもりなわけ? 地球はアンタ中心に回ってんじゃないんだからな。あ

〜〜、なんかもう自分で言ってることも分かんなくなってきた……。とにかく、その性格

直してくれないなら俺もう知らないっス!!」

 今までのセクハラ紛いを含めた鬱憤を晴らすために溜めていたもの全てを早口でぶちま

け、言い終えると物凄いダッシュで目の前に見えていた事務所に逃げるように駆け込んだ

のだった。







 事務所内に入ってもリョーマは速度を落とすことなく、事務所の一番奥に位置する所長

室を目指す。そんなリョーマにどうしたんだ?と声を掛ける者もいたが、一切無視して脇

目も振らず目的地に駆け込んだ。

「所長!! あの人なんとかしてくださいっ!」

 バタンと乱暴にドアを開きながら叫ぶ。

「……越前ドアはもっと丁寧に開けろ。それと、そんな大声で叫ばなくてもちゃんと聞こ

える」

 リョーマの突然の乱入に驚きはしたものの、それを表には全く見せることなく、目に余

る行為に対して眉間のシワを数本増やし、厳しく注意した。

「で、一体何があったんだ? 神尾の家を調べに行ってたんじゃないのか?」

「……行ってきました。目ぼしい物は高級な腕時計とその中に仕掛けられていた盗聴器っ

ス」

 手塚の落ち着いた声を聞いて自分も落ち着きを取り戻したリョーマは今日の捜査の報告

をした。そして、収獲した二点を手塚に差し出す。手塚は黙って受け取りながら、それを

目にした瞬間眉を顰めた。じっと手塚の反応を窺っていたリョーマは当然それに気付いた。

だから、憧れの手塚の推理が直に聞けるかもと僅かに心躍らせた。しかし、返ってきた言

葉は期待を裏切るものだった。

「不二と何があったんだ?」

「えっ?」

 唐突に話を変えられ、そのうえ核心まで突かれ、咄嗟に言葉を返すことが出来なかった。

「アイツとは不二のことだろう? 一体何をされたんだ? まあ、大体の予想はつくがな

……」

 自分で言いながらその想像をし、頭を抱えた後、深い深い溜め息を吐いた。リョーマは

ここに飛び込んだ目的を思い出し、今日不二にされたことを全て訴えた。

 聞き終えた手塚は固まっていた。正しく石像のように。

 金槌でおもいっきり叩けばピキッとひびが入り、その後ガラガラと粉々に砕け散ったか

もしれない……。

「え、え、越前。最後の言葉は何と言ったんだ? 良く聞き取れなかったんだが」

 いつもより“え”の吃りが多いことが手塚の動揺指数を明確にしている。

「だから、プロポーズなんてスッゲーふざけたことしたんス! あの人なんとかしてくだ

さい。人の邪魔ばっかするんス。いい加減堪忍袋の緒が切れたっス! コンビ解消させて

ください! 一生のお願いっス!!」

 リョーマは心から叫んだ。その願いを手塚は叶えてやりたかったが、コンビを解消させ

るとこの仕事を担当できる者がいなくなってしまう。ここ青春探偵事務所では探偵は二人

一組というのが原則だったからである。そのことを前にも説明したが、もう一度リョーマ

に話す。

「じゃあ、どうすればいいんスか? このままじゃ事件なんて解決できないっスよ!」

 最もな意見だとは思うが、頷くわけにはいかなかった。なんとかリョーマを宥めようと

するが元々口下手な上に、そんなことをする性分ではないため、リョーマの機嫌は一向に

向上しなかった。

「所長はアイツとコンビ組んだことないからそんなこと言えるんス! 一回組んでみたら、

アイツがどんなにサイテーで、サイアクで、ロクデナシで、ヒトデナシで、変態で、変人

で、セクハラ大魔神で、自己チューで、性格大きく歪曲してて、とにかく俺の邪魔ばっか

するどうしようもないヤツだって分かりますから!!」

 相手が手塚であることなど綺麗さっぱり忘れてリョーマは精一杯叫んでいた。手塚はそ

んなリョーマを哀れみを宿した目で見つめた。そう、何を隠そう実は手塚は昔一度だけ何

の因果か不二とコンビを組んだことがあった。たった一週間足らずのことだったが…… 

しかし、その一週間は至上最低のものだった。

 毎日毎日毒舌と嫌味の応酬。更に仕事をほとんど手塚に押しつけ、自分は好き勝手に遊

び惚けるわけではなかったが、全くもって何もしなかったのである。そのため、手塚は一

気に衰弱し、顔も痩せこけ、見るも無残な姿に変貌してしまったという思い出すのも辛い

過去があるのである。だから、リョーマの気持ちは痛いほど分かっていた。

「……知っている」

「えっ? 何で」

 返された疑問に手塚は溜め息とともに答える。

「昔、不二と組んだことがある。だから、知っていると言ったんだ」

「へぇ〜、何を知ってるのかな? 手塚は」

 いつの間にか所長室に件の人物不二が入って来ていた。

 リョーマは反射的に不二から逃げ、手塚の傍まで駆け寄る。その行動は不二の機嫌を下

降させるのに十分過ぎるもので、その証拠に笑みがより一層深まる。けれど、背後に纏う

気配は怒りを、それも殺気に近い怒気をひしひしと感じさせていた。

「手塚。死にたくないならリョーマ君から今すぐ離れてvv」

 暗に離れないとどうなるか分かってるよね?と脅していた。

 取りあえず手塚は不二の言う通りにリョーマとの距離を取った。立場上は不二ときっち

り話をするために。しかし、実際は自分の命を守るためであった。

「で、手塚は僕の一体何を知ってるって言うのかな?」

「お前がどうしようもない奴だということをだ」

「そんなに死にたいの?」

「じ、事実を言ったまでだ」

「なんだ。やっぱり死にたいんだvv」

「誰もそんなことは一言も言ってないだろうが!!」

 不二の自分勝手な解釈に手塚が事務所内全域に響き渡るような声量で叫んだ。そのため

かどうかは不明だが、室内には静寂が戻った。

「何、もしかして本気にしたの? そんなことするはずないでしょ。給料が貰えなくなっ

たらさすがの僕でも少しは困るんだから。まあ、出来ないことはないけどね……」

 最後の言葉は聞かせるつもりがなく、小さく呟いたものだったのでリョーマと手塚の耳

に入ることはなかった。それが幸せなのかどうかは不二のみぞ知る。

 このように静寂は一分も続かない内にものの見事に破られた。

「ねぇ、不二先輩」

「何かな? リョーマ君vv」

 なかなか話を切り出さない手塚に焦れたリョーマが自分から切り出そうと声を掛けると

満面の笑みが返ってきた。深呼吸をして気を落ち着かせると、清水の舞台から飛び下りる

覚悟で言葉を紡いだ。

「俺とコンビ解消してください!」

「……どういうこと、手塚?」

 先ほどの表情を一変させ話の矛先を再び手塚へと返す。

「……越前はお前とのコンビを解消したいそうだ。先ほど話を聞いた限り、越前が望むな

ら仕方ないと判断した」

 一言一言慎重に言葉を選び、不二に現実を突きつけた。

「依頼はどうするつもりなの? 大石と英二は無理でしょ」

 僕達のコンビ解消なんて出来ないくせにと鋭く光る瞳が続きを全て物語っていた。

 暫く蚊帳の外だったリョーマは桃城と組むと叫ぼうとするが手塚がそれを音になる前に

止めた。

「所長?」

 身長差があるため、背の低いリョーマが当然見上げる形となる。いつもはある程度の距

離があったが今日は間近である。手塚は自分でも頬が熱を持ち紅く色付くのが分かった。

しかし、それを目の前の男に知られれば命がないことは嫌というほどの経験から身を以っ

て知っているので、すぐに顔を伏せた。その段階で様子がおかしいことは明らかな上、目

聡い不二が気付かないはずがなかった。

「拷問部屋で一生終えるか、刑務所の中で一生終えるかどっちがい〜いvv」

 本日最高の笑顔が出ました。

 無意識の内に手塚の足は後退していた。が、ここで不二に主導権を握られるわけにはい

かないので踏み止まる。

「そんなセリフはもう聞き飽きた。不二、これ以上不真面目になるならコンビ解消どころ

が首にするぞ。それと先ほどの答えだが、どうしても駄目なら俺が越前とコンビを組む。

つまりお前が嫌と言うのなら仕事を下りるなり、事務所を辞めるなり勝手にしろ。但し、

返事は今日中に返せ」

 話終え、もう用はないとリョーマと不二に退出を命じようとしたところでその行為は止

められた。

「コンビ解消する気なんかこれっぽっちもないよ。真面目にやればいいんでしょ。真面目

に。誰がリョーマ君を君なんかと組まさなきゃいけないのさ。リョーマ君とコンビ組んで

いいのは僕だけなんだからね」

 刺々しい言葉で渋々ながら承諾した。

 これで捜査は進むだろうと安心した手塚だったが世の中そう甘くはなかった。小さな焚

き火にまで鎮火したと思われた火事は一瞬の油断で元の勢いを容易く取り戻した。

「何でアンタ事務所辞めないんだよ!!」

 突然リョーマは怒鳴り声をあげる。

「突然どうしたの? リョーマ君」

 本当にわけが分からず、正真正銘の疑問を浮かべる。

「アンタが事務所を辞めたら俺は所長とコンビ組めたんだよ! それがアンタのせいで台

無しじゃんか! どーしてくれんだよ!!」

「リョーマ君は僕よりも手塚を取るの?」

「そんなのトーゼンでしょ。アンタと所長比べたら月とスッポンなんだから」

 普段なら途中で不二に敵わないとリョーマがすぐに降参するのだが今回は違った。何せ

もう少しで憧れの手塚とコンビを組めるところだったのである。それを邪魔されてキレな

い者がいるだろうか、いやいない。

 こうして、もう第何ラウンドになるか分からないケンカが始まったのだった。














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