「手掛かりを探すには、まず被害者の家を見るんスよね?」
乾から渡された○秘ノートをペラペラと捲りながらリョーマは不二を見上げている。今
回の事件……リョーマにとっては初めての大きな事件である。不謹慎だが、もう心はウキ
ウキ状態だ。
いまだに、面倒臭そうな不二の腕を引っ張って、リョーマは早足で目的地に向かおうと
する。
「あ! ちょっとここに寄っていいかな?」
不二がリョーマを引き止めたのは、女の子に人気のある甘くて可愛いケーキを出してい
るカフェだった。今、自分達は仕事中だ。いくらなんでもサボりではないだろう。きっと
不二はここで何か情報を集めるつもりなんだと思い不二について店の中に入った。
「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」
「二人です」
「?」
しかし、次の不二のセリフを聞いてリョーマは深く深く後悔をした。
「好きなもの頼んでね」
「不二先輩……」
「ん? あ! リョーマ君が好きなファンタもあるよ、何にする?」
「……今任務中なんですけど?」
「だって、せっかくこうしてリョーマ君と一緒にいられるのに、任務しかしないなんて勿
体ないじゃない」
今回の事件、不二は本当にやりたくないようだ。
「いいかげんにして下さい! 先輩の行動が起こしたと言ってもいい事件なんですよ!
それを……っ」
リョーマはプロの探偵になるために青春探偵事務所に入ったのだ。それなのに、いつも
いつも不二によってそれを邪魔されてばかりである。とうとうリョーマの堪忍袋の緒がキ
レた。
「リョーマ君……」
「俺は早くプロの探偵になりたいんです!! 邪魔ばっかするなら、手塚所長に言ってコ
ンビ解消してもらいます!!」
「ちょ、ちょっとリョーマ君っ!」
リョーマは本気である。
「リョーマ君。僕の話も聞いて」
立ち上がり、今にも手塚に言いに行きそうな勢いであるリョーマを宥め、再びイスに座
らせる。
「何スか?」
「あのね、今回の事件……物凄く、嫌な感じがするんだ。僕にとっても、君にとっても…
…。手塚から、君にはまだ危険な目にあわせないって言われているんだよ」
「見くびらないで下さい!」
「リョーマ君」
「俺はプロになりたいんです! 危険の一つや二つあって当然でしょうが!!」
「……分かったよ」
リョーマの説得にとうとう不二が折れた。
しかし、ちゃっかり不二の奢りで甘いケーキとファンタをいただいたリョーマだった。
やっとのことで神尾宅に到着した。
不二が大家に状況を説明して、神尾の部屋を開けて貰う。もちろん、神尾がいなくなっ
たとは大家は知らない。おそらく不二が嘘八百を言って大家を言いくるめたのだろう。
今後、事件としてここに警察が来るかもしれないからと、手袋をつけ指紋が残らないよ
うにする。ふと、不二がリョーマの方を見てみると、何故かリョーマはキョロキョロして
いる。
「どうしたの?」
「何からすればいいんですか?」
リョーマがいつもやってきた依頼は、迷子の動物探しや失くした物探しがメインだった。
このようなドラマみたいな事件はリョーマにとって初めてだった。
「それじゃあ、まずは……」
「……先輩」
「ん?」
「この体勢に何か意味あるんスか?」
この体勢というのは、不二がリョーマを後ろから抱きしめる形になっていることを指し
ている。
「えー、この方が説明しやすいんだもん」
そう言われてしまうとリョーマには言い返すことが出来ない。
「……で、まずは何をするんスか?」
「神尾君はストーカーにあってたんでしょ? だったら、これを使うんだよ」
不二がポケットから取り出したのは、小さな箱だった。
「何スか?」
「これ? うちの海堂が作ったオリジナル盗聴探査器だよ」
「へ〜、これが……」
「で、このスイッチを入れて、電気機器に近付けるんだよ」
ドキドキしながらリョーマはスイッチを入れてみる。
「……反応しない」
そうそう反応したら困るのだが、リョーマは何か起こって欲しいらしい。
「それじゃあ、あそこは?」
不二に言われて、指された延長コードの傍に行こうとした。
「先輩、離して……」
「ん?」
不二は後ろからリョーマを抱きしめていた手を服の中に入れようとする。
「ちょ、ちょっと……っ」
「リョーマ君。もう少し鍛えた方がいいよ」
「さ、さわるなー!!」
不二の冷たい手が肌に直に触れ、リョーマはとうとうキレた。不二の腹目掛けて肘鉄を
喰らわそうとしたが、そこはさすが不二様である。さっとリョーマから離れた。
「さて、スキンシップはこれぐらいにして、仕事しよっか」
(いや、仕事の邪魔してるのはアンタだろ!!)
リョーマは心の中で叫ぶ。しかし、不二はそんなリョーマにニコリと笑い、リョーマの
言葉を受け取り(心の中での叫びなのに、不二には分かるのは、不二が不二たる所以であ
る)、不二は自分も探査器を取り出すと、いろいろなところにかざし始める。リョーマは
一つ大きな溜め息を吐くと、不二に見習い調べ始める。
ピーピーピー……
小さな音が部屋に響く。
「先輩! 先輩! 先輩! これみたいっスよ」
探査器が反応したのは、小さなそれでいて、この部屋には似合わない高級そうな腕時計
だった。
「ちょっと貸して」
リョーマの手の中にあるそれを受け取ると、不二は丁寧に机の上に置き、持って来たカ
バンの中から小柄な箱を取り出した。
「何するんスか?」
「解体するんだよ」
「ふ〜ん」
そう言うと、不二は箱の中から小さなドライバーを取り出し、器用にそれを操って時計
を解体し始めた。
数分後……。
「あった! これだね。リョーマ君、この部品にそれをかざしてみて」
不二がそっと机の上に置いたものは、直径五ミリほどの小さなチップだった。リョーマ
は手に持っていた探査器のスイッチを入れ、チップの上にかざしてみた。
ピーピーピー……
すると、不二の言った通り探査器はそのチップに反応した。試しに時計にもかざしてみ
たが反応はなかった。
「不二先輩……」
「うん。これが盗聴器だよ」
その後、二人は他にも何か仕掛けられていないか、隈なく調べたが結局時計の盗聴器以
外何も見つけることが出来なかった。
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