謎の白い粉を預かって数日が過ぎた。
あの日、予想通り亜久津は会社に来ることはなく、ケータイに連絡しても電源を切って
いるのか、一向に繋がらないため、太一では何か危なっかしいと感じ千石が預かることに
なった。しかし、その後も亜久津が会社に来る気配は全くない。相変わらず連絡も取れず、
二人は途方に暮れていた。
「亜久津先輩どこ行っちゃったんですか〜」
自分に割り当てられたデスクに突っ伏しながら太一が泣き声とも取れる声で呟く。
「そうだね〜。ホントどこ行ったのやら……。アレについて聞きたいのにねぇ」
お前等仕事しろよ!というツッコミをする者は一人もいない。何故なら今日も会社にい
るのは件の二人だけであるので。他の社員は自分の仕事ででっぱらっている。では彼等の
仕事はと言うと、ここ数日は亜久津を待つということが今重要な仕事となっている。待ち
人来ずが現状だが……。
その時だった。ガチャッとドアの開く音が聞こえ、二人は同時にそちらに顔を向けた。
「あ? 何だよ、てめぇら」
訝しげな表情を全く隠さず面倒臭そうに尋ねる。
「「亜久津(先輩)!!」」
「だから、何だってんだ」
質問に答えない二人に亜久津は段々と苛立ちを募らせる。
「悪い、悪い。数日前から待ってたお前がやっと来たからね〜」
「あぁ〜? 俺を待ってただぁ」
「そうです! 待ってたです。亜久津先輩に渡す物があるです」
「何だ?」
千石と太一に対する対応の仕方には大きな差が存在していた。
面倒臭そうに言いながらも、太一に対してはどこか優しさのようなものがあった。もし
かしたら弟のように感じているのかもしれない……。
「あ、はい。僕は止めたんですが千石さんが無理矢理……」
言いよどむ太一に亜久津は鋭く冷たい眼差しを千石に向ける。どういうことだと。
「だってナマモノだと困るでしょ♪」
ニッコリ笑顔で答える千石には自分の行為が悪いものだとはかけらも思っていないこと
が窺える。
「千石さん……」
「千石、てめぇ!」
太一は呆れ、亜久津は怒りをあらわにする。それに対して当の千石は、まあまあと亜久
津を宥めながら荷物を取りに席を立つ。
「はい、コレ。取りあえず中身確かめて。聞きたいことあるから」
「あ?」
疑問を浮かべながら紙袋の中身を確認する。
「おい、コレ!」
「やっぱそーなワケ?」
「バカ言ってんじゃねーぞ!! 俺がンなモンに手ぇ出すわけねーだろーが!!」
「……だよねぇ。じゃあ」
言葉を途中で遮り、太一の方に向き直る。亜久津も同時に太一に視線を向ける。
「な、何ですか?」
「太一。コレを持って来た奴はどんな奴だ?」
「えーっと、サングラスしてたんで顔は分からないですが、声音や雰囲気からスゴク優し
そうな人だと思いましたです」
できるだけ正確に答えようと太一は一生懸命、あの時のことを思い出す。
「亜久津の友達でそんなタイプっていえば、確かすし屋やってる彼くらい?」
「てめぇ、いいかげんにしろよ! アイツがこんなモンに手ぇ出すワケねーだろが! だ
いたい……」
千石の言動にとうとう堪忍袋の緒が切れた亜久津が彼に殴り掛かろうとしたその時、カ
タンッとやけに響く音が耳に入る。
「何だ?」
「僕見てきます」
亜久津の問いに間髪入れず答えると、音の発生源へと走っていった。
数分して、ドアの開閉音が聞こえると同時に亜久津は太一に問い質す。
「で、何だったんだ?」
いつの間にか喧嘩は終わっていたようだ。二人の距離も常のソレに戻っている。
「あ、はい。どうやら手紙だったみたいです」
「手紙? 手紙があんなデカイ音するか?」
不審に思い、再び問い返す。
「あのです。どうやら写真か何かが入ってるみたいです。だから、あんなに大きな音がし
たです」
手に持った小さな、しかし、限界まで入れられてぶ厚くなっている封筒を太一は亜久津
と千石の所に持って行った。
宛て先は「山吹新聞社御中」となっており、取りあえず裏表を丹念に確認してから、亜
久津はその手紙を慎重に開けた。
そこには太一の予想通り数枚の写真が入るだけ入れられ、後便箋が一枚入っていた。
亜久津は便箋よりも取りあえず何の写真なのかを確かめようと便箋は千石に押し付けた。
それには、サングラスをかけたいかにも優男風な男が太一に紙袋を渡している所が写され
ていた。
「何が写ってるんですか?」
太一が気になって仕方ないというふうにウズウズしながら亜久津の手元を覗き込んでき
た。
「あっ、おい……」
「アレ? あっ! 亜久津先輩、この人ですよ。この人」
写真の男を指差しながら太一は一生懸命訴える。そして、もう一人の千石はというと、
亜久津から押し付けられた便箋をいつになく真剣な顔で睨みつけていた。
「亜久津」
亜久津の肩をトントンと指で叩きながら、さっきまで睨みつけていた便箋を無言で渡し
た。それを素直に受け取ると、文面を読み始めた。
『 山吹新聞社様
このたび、大変興味深い写真を入手しましたので、お送りさせて
いただきました。
貴社の社員と一緒に写っている人物なのですが、闇の世界では世
界を股にかける大変なブローカーなのです。
日本の警察はもちろんのこと、世界中の警察関係者が追っている
人物なのです。
いろいろとご活躍されている貴社にはこのような忠告などしなく
てもご存知とは思われますが念のために……。
さて、ここまでは前置きとさせていただいて、ここから本題に入
らせていただきます。
どのような内容かは、頭の良い貴社にはそろそろお分かりになら
れていると思います。なので、率直に申し上げます。
このことを警察に知られたくなければ、こちらの言うことに従っ
ていただけませんか?
一週間お待ちします。考える時間も必要でしょうから……。
しかし、一週間たっても連絡がいただけない場合はどうなるかは
お分かりですね。
では、良い返事をお待ちしています。
連絡先 090−××××−○○○○』
「そ、そんな……」
覗き読みした太一は顔を真っ青にして、ヘナヘナヘナ〜とその場に座り込んでしまった。
「どうする?」
「どーもこーもねぇ。答えは最初から一つだろーが」
「まっ、お前ならそー言うと思ったけどさ。じゃ、もう連絡しちゃうね〜」
二人の答えは手紙を読んだ時点で既に決まっていた。そのため二言、三言言葉を交わし
ただけで、迷うことなく連絡先のケータイ番号に電話を掛けるのだった。
果たして二人が出した答えはどちらだったのか……。
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