高層ビル群が隙間なく立ち並ぶ大通り。
大手商社をはじめ、中小企業のビルやテナントも多く存在しているため、午前中だとい
うのにビシッとしたスーツを着こなした営業マンがそこら中で目に付く。
そんな中を、まだ学生でもおかしくないと思われる少年が一人で走っている。カジュア
ルパンツにTシャツ。その上に少年には少し大きいと思われるパーカーを羽織っている。
そして、彼を特徴づけていたものは、頭にしているヘアバンドであった。ただのヘアバン
ドなら別段気に止める必要はない。しかし、彼の場合は如何せんサイズが合っていなかっ
たのだ。そのため、ずり落ちてくるそれを何度も何度も直すという行動を一体何回繰り返
しているのか……。急いでいるため余計であるが、彼は速度を緩めることはしなかった。
どれくらい走ったのだろうか、彼は大通りから脇道に逸れた。そして、一度時間を確認
し、なんとか間に合うことが分かるとホッとした表情を浮かべた。
「間に合って良かったですぅ。また皆さんにご迷惑をかけるとこでした」
目的地に着いたのだろう。全体的に薄汚れた建物のドアに手をかけたその時だった。
「太一君だよね?」
「うぇ?」
突然背後から声を掛けられ、思わず変な声を出してしまう。しかし、声を掛けた者は特
に気にしたふうもなく、もう一度同じ質問をした。
「そ、そうですけど。……あなたは誰ですか?」
太一と呼ばれた少年は不信感を宿らせた目を相手に向けた。
「私は亜久津君の、まあ、友達みたいなものですかね」
「えっ! 亜久津先輩の」
「ええ。実は亜久津君に頼まれていたものを届けに来たのですが、たった今急ぎの仕事が
入ってしまったんですよ。申し訳ないのですが、私の代わりにコレを彼に渡してくれませ
んか?」
そう言って小さな黒い紙袋を太一の前に差し出してきた。
「えっ! あっ! う?」
何故か動揺しまくってしまい、まともな言葉になっていない。青年はそんな太一の様子
を見て小さく笑いながら、
「別に何かする訳じゃないですから、そんなに警戒しないで下さい。ただ、この袋を亜久
津君に渡してくれるだけで良いのです。駄目でしょうか?」
誠意を込めた目で見つめられ、人一倍お人好しな太一には断ることなどできるはずもな
い。
「分かりましたです。亜久津先輩に渡せばいいんですね?」
確認を取れば青年は柔らかな笑みを浮かべ、お礼を言うと、太一が来た方とは逆の道を
歩いて行った。
太一が建物に入ろうと踵を返すと、今まで後ろを振り向かなかった青年が立ち止まり、
顔だけ振り向いた。そしてクスリとどこか陰のある笑みを浮かべると今度こそ、仕事は果
たしたといわんばかりに颯爽と歩いて行ったのだった。
「ただいま帰りましたです!」
山吹新聞社と書かれたドアを開けながら元気良く挨拶する。しかし、それに返事は返っ
てこない。
「あれ? 皆さんいないんですかぁ?」
いくつかあるドアを一つ一つ丁寧に開けて確認するが誰もいなかった。
「亜久津先輩もいないです。これどうしたらいいんだろう……」
「ん〜。何々、亜久津に用なの?」
「せ、千石さん! 驚かさないで下さい。いるならいるって言って下さいです!」
ちょうど太一がいる場所からは死角となっていたソファーから今まで寝ていたと思われ
る、オレンジ色の髪の毛が印象的な少年が欠伸と伸びをしながら、横たえていた身体を起
こしている。
「で、亜久津にどんな用なの?」
「荷物を預かってきたです」
「誰から?」
「友達って言ってました。あっ! 名前聞くの忘れたです……」
「へ〜、亜久津にも友達いたんだ〜。一体どんな友達なんだかなぁ」
驚いたような顔は一瞬で、その後はニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべている。彼千
石が独断と偏見に満ちた想像をしているのが明らかだった。今の場合では太一のみである
が……。
「千石さん!!」
その行為を咎めるように叫ぶと千石は相変わらずだねぇと肩を竦めるのだった。
何が相変わらずなのかというと、太一の亜久津に対する態度である。亜久津という男は
外見と中身がベストマッチしており、大多数の人があまり仲良くしたいとは思わないよう
な人物である。簡単に言えばちょっと怖い人である。しかし、何故か太一はそんな彼に懐
いていた。尊敬しているといっても過言ではない。だから、千石の亜久津に対する態度に
敏感に反応する。まあ、千石はそんな太一の反応を楽しんでおり、必要以上に含みを持た
せた言い方をしていたのだが、単純というか純粋な太一はそのことに微塵も気付いていな
いのが現状であった。
「んで、中身は何なの?」
これ以上からかうのはさすがに可哀相に思ったのか話題を紙袋に戻した。
「知らないです。亜久津先輩に渡してくれればいいからって言われただけです」
「う〜ん、どうしよっか?」
言いながらいつの間にかソファーから立ち上がり、太一の傍に来て、太一から紙袋を取
り上げた。
「あっ!? 何するんですか!」
「亜久津たぶん今日はもう此処には来ないと思うよ。特に急ぎの仕事もないし、特ダネが
入る予感もないし。暇潰しにパチンコにでも行ってるんじゃないかな?」
「えぇーー!? じゃあこれどうするんですか!」
千石の言葉により、太一は頭を抱えてオロオロしてしまう。
目の端でそんな太一を捉えながら、千石は次の行動を開始していた。
「ナマモノだったら大変だからね〜♪」
「な、何してるんですか千石さん!? それ亜久津先輩のものですよ。勝手に開けたらダ
メです!」
太一が必死で止めるのも構わず、千石は楽しそうに紙袋から中身を取り出した。
「あれ、何だコレ?」
「白い粉みたいですね」
見たままを素直に言葉にする太一。
確かにそれは白い粉のようだった。5センチ程の正方形の透明なビニールの袋に入った。
そして紙袋には同じモノが後4つ入っている。
「ま、まさか…………だよな……」
千石はとてつもなく嫌な予感がした。
確かに亜久津は顔が怖い。煙草も吸うし、喧嘩も売ったり売られたりしている。犯罪紛
いのことはしても実際に犯罪に手を染めたことは一度としてない。しかし、これは、今回
のことは……。
もしこれが本物ならば大事である。
「千石さん?」
「う〜ん。たぶん思い過ごしだよ。うん」
「???」
無理矢理自分自身を納得させようとする千石に対して、太一は疑問を浮かべることしか
できなかった。
しかし、残念なことに千石の予感は見事に的中する。それはこの二人の運命を大きく変
える大事にまで発展するのだが、今この時二人は全く知る由もなかった。
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