青春探偵事務所2 3


  



「邪魔するよ〜」

 蛇に睨まれた蛙状態だった菊丸を助けたのは、ここを訪れた佐伯虎次郎だった。

「あー、佐伯だ!」

 菊丸の声に全員が入口の方をみる。

「やあ、久しぶりだね」

 さっきまで菊丸を威嚇していた不二はどこへ消えてしまったのか、親しげに声をかける。

「ここまで、出てくるなんて、何かあったの?」

「所長はいるかな? コレを渡しにきたんだ」

 コレと言って手に持っていた封筒を軽く振る。

「あぁ、この前の件のやつだね」

 二人が話している間に大石が呼んだのだろう手塚がやってきた。

「やぁ、手塚」

「終わったのか?」

「まあね。けど、アレの管理はしっかりとしなよ」

「アレは不二が勝手に持ち出したんだ」

 そんな会話を聞いて、不二が勝手に持ち出した手塚の拳銃についてのことだと分かった。

しかし、リョーマは目の前にいる佐伯がどういう人物かがさっぱり分からなかった。

「ねぇ、不二先輩」

「なに?」

「あの人誰?」

 リョーマの言葉にやっと全員が、リョーマと佐伯が初めて対面していたことを知った。

「越前、佐伯は……」

「あ、僕が説明してあげる」

 手塚が説明しようとしたのを遮り、不二が説明する。

「リョーマ君。彼は佐伯虎次郎。僕たちが受け持った事件や依頼で、弁護が必要な場合に、

弁護を頼んでいる敏腕弁護士だよ。千葉にある六角法律事務所っていうトコで働いている

んだよね?」

「そうだよ」

「……弁護士なんだ」

「ついでに、佐伯は僕の幼なじみなんだよ」

「へ?」

 不二の言葉にリョーマは大きな瞳を更に大きくする。

「不二先輩と幼なじみ?」

「変かな?」

 リョーマの驚きにメンバーは苦笑し、佐伯は少しなんともいえない表情で尋ねてくる。

「よく、あんな人と付き合っていますね」

 あんな人と言われた不二は笑っている。

「……昔は家も近かったし、趣味が一緒だからね」

「趣味?」

「あれ? 言ってなかったかな。僕、テニスが好きなんだよ」

「へぇ〜」

「で、一応知っていると思うけど、彼が新しくここのメンバーになった越前リョーマ君」

 よろしくと佐伯が握手を求めてくる。リョーマもそんな佐伯と握手をしようとしたが、

リョーマの手は次の不二の言葉で固まってしまった。

「ちなみに、リョーマ君は僕の恋人だから」

 佐伯とリョーマの手はあと数センチで触れる寸前で固まってしまっている。リョーマだ

けではなく、佐伯も他のメンバーもである。

「な、な、な、何を言うんすかー! いきなり!」

 顔を真っ赤にさせてリョーマが叫ぶ。

「だって本当のことじゃない」

「う……っ」

「にゃはは。おちびの負けだにゃ」

 他のメンバーの中で、一番初めに復活した菊丸がくしゃくしゃと髪の毛をかき混ぜる。

「菊丸先輩、痛いっす」

 菊丸の手を弾き、乱れた髪を直す。その顔は、恥ずかしさで、耳まで真っ赤である。

「おちびは本当にかわいいにゃ」

「うわぁ」

 我慢出来なかったのか、菊丸がリョーマに抱きつく。それはもう、小さな子どもが子犬

をいたぶる……もとい、可愛がる図の完成である。

「た、たすけ……っ」

「おい、菊丸……」

 リョーマを助けようと手塚が声をかけようとしたが、それは途中で言葉をなくす。

「……英二」

「うにゃ?」

 リョーマを抱きしめたまま後ろを振り返る菊丸。その菊丸が見たものは不二の笑顔では

なく本気の顔だった。どうやら、リョーマに対するスキンシップが過ぎたようだった。

「ふ、ふじっ?」

「そんなに僕のリョーマ君に触らないでくれないかな?」

(いつアンタのものになったんだ?)

 今だ、現実を認められないリョーマだったが、それを声に出すことは出来なかった。

「何度も言っていると思うけど、僕のリョーマ君に手を出そうなんて考えるんじゃないよ。

もし、僕のリョーマ君を奪う気なら、それ相応の罰があることは覚悟できているんだよね?

それとも何? 僕から本気でリョーマ君を奪えると思っているのかな? 言っとくけど僕

からリョーマ君を奪おうなんて十年! いや、百年早いよ。だいたい、英二、君にリョー

マ君は似合わないよ。それでも奪うって言うなら僕が本気で相手をしてあげるよ。どうさ

れたい? 僕の趣味、知っているよね? 最近は江戸時代の拷問グッツを集めているんだ

けど、英二試してみる? あれ、そうとう痛いらしいよ」

 にっこり笑顔で、もの凄いことを言う不二に誰も言葉がない。

「……いいかげんにしないか!」

 意味のない不二の嫉妬に手塚は呆れたように声を荒げる。

 そこに再び、訪問者が訪れた。

「あ、あの、入ってもいいですか?」

 おそらく、不二の台詞を聞いていたのだろう。やってきた人物は、どうするべきかと声

をかけてきた。

「裕太!」

 事務所にやってきたのは、不二の弟の裕太だった。

「どうしたの?」

「仕事だよ。越前はいるか?」

 すでに蚊帳の外だったリョーマは机に向かい、書類の整理をしていたが、裕太に名前を

呼ばれて顔をあげた。

「お前宛の宅配便だ」

 裕太は今、ルドルフ運送会社でアルバイトをしている。

「俺に?」

 リョーマのみならず全員が疑問符を頭に浮かべる。ここは探偵事務所。個人宛に手紙や

荷物が届けられることもあるが、それは大抵所長の手塚や乾宛である。プライベートなら

各自の家に届けるだろう。それなのに、住所は事務所、宛て先がリョーマとくれば警戒し

ない方がおかしいだろう。裕太から受け取った荷物は大きな箱だった。中からは、何か甘

い匂いがする。

「あれ? 差出人の名前がないにゃ」

 後ろから覗き込んだ菊丸が声をあげる。

「……裕太。コレ、誰からか分かる?」

「俺は運ぶのが仕事だから分かんねぇよ。何か問題でもあるのか?」

 裕太にとって差出人が書かれていないことは日常茶飯事なのだろう。

「越前。とりあえず、ここで箱を開けてみろ」

 手塚の命令でリョーマは慎重に箱をあける。

「! ……バラの花?」

 蓋をあけると、そこにはバラの花がぎっしりと入っていた。しかも、花束ではなく、む

しり取ったようなものから、花びらのみのものと、プレゼントとしては気持ちの悪いもの

である。誰もが顔を歪める中、リョーマは箱のすみにあった小さなカードを見つける。

「……」

 恐々とそのカードを見つめリョーマは言葉を失ってしまう。

「リョーマ君?」

「……徳川さんだ」

 驚いた不二がリョーマからカードを取り上げ、文面を見る。そこには

『―――この花の命とともに…… 徳川』

 という文面があった。

 不二がくしゃりとカードを潰してしまう。

「……徳川さんってひょっとしてあの弁護士の?」

 汚いものでも捨てるようにカードを地面に叩きつけた不二。そのカードを拾い上げた佐

伯はカードを読み、誰にでもなく聞いてくる。

「! ……徳川さんを知ってるんすか?」

 佐伯の言葉に驚いたのはリョーマである。

「……そうか、君があのリョーマ君か」

 リョーマが知らない何かを佐伯は知っているようだ。

「佐伯、どうして君があの男のことを知っているんだ?」

 誰もが知りたいことを、手塚が代表で尋ねる。佐伯はチラリとリョーマの方を見る。ど

うして見られたのかが分からずにリョーマは小さく首を傾げる。

「……徳川さんは、ある敏腕弁護士の下で働いていた。俺の、いや、俺たち新米弁護士の

目標の人だったよ。……けど、五年ほど前に起こったある事件を機に行方不明になってい

るんだよ」

 佐伯がある事件と言った時、リョーマの肩がピクっと動いたが、佐伯はそれを見ないふ

りをする。

(事件……。それってきり姉に関係あるのかな?)

「リョーマ君?」

「な、なんでもない……」

 手塚はその事件ことを知っていたのか何も言わなかった。

「ねえ、佐伯さん。その後の徳川さんどうなったか知らない?」

「それは……俺も知りたいよ……不二、顔が怖いよ」

 リョーマが徳川のことばかりを知りたがるのを見て、止めることも出来ず、リョーマを

怒ることも出来ず、それが顔に出ていたようだ。

「……ひょっとして、前の事件の犯人って」

 言葉にはしなかったが、目を逸らすメンバーに佐伯は理解した。

「本当に何も知らない?」

 それでも、小さな情報でも欲しいのだろう。リョーマは佐伯につめよる。

「俺は弁護士であって、君のような探偵じゃないからな〜」

 リョーマの気迫に困り果ててしまう。

「リョーマ君。あまり佐伯を困らせるんじゃないよ」

「で、でも……」

「わかったよ」

 そんなリョーマに負けたのか佐伯は苦笑するとリョーマの頭をぽんっと軽く叩く。

「もし、あの人の情報が入ったら君に連絡するよ」

 そう言い残して佐伯は帰っていった。

「じゃ、じゃあ、俺も仕事に戻るな。たまには母さんと姉さんの顔を見に家に帰って来い

よ」

 裕太もそそくさと帰っていった。

「リョーマ君……」

 不二の声にも反応しない。

 事務所には、重苦しい空気が漂う。















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