ピ―――――
病室に不二の心臓が停止したことを知らせる機械音が鳴り響いた。
処置はすぐに心配蘇生に切り替えられる。
その光景を見た瞬間リョーマは本能に任せ駆け出した。
「「「あっ!」」」
手塚達は気付くのが遅すぎた。声を発した時にはリョーマはもう不二の傍にいた。
「え、越前君!?」
リョーマを止めたかったが、電気ショックを与えるための機械で両手が塞がれていて声
をかけることしか出来なかった。
リョーマといえば周りのことなど気にも掛けず不二に向かって怒鳴り出す。
「アンタ何やってんの! アンタが銃で撃たれたくらいで死ぬわけないでしょ!! いつ
も使ってる人間離れした力を今使わないで一体いつ使うのさ? 余計な時ばっか無駄に使
うから肝心な時に使えないんでしょ! バカ――ッ!! もしっ、もし死んだりしたら俺
ゼッテー許さないっスから……ふ、ふえ〜ん」
罵詈雑言が終わると不二に縋りつき泣き出してしまう。
「越前君。不二君は絶対助けるから、ね」
章高医師がリョーマを落ち着かせ、処置を続行しようとするが、リョーマは嫌々と頭を
振って拒絶する。
「いい加減にしろ越前! お前がそんなことをしていたら助かるものも助からなくなるん
だぞ!!」
手塚の怒声でリョーマはビクッと肩を震わせるが、相変わらず不二から一歩も離れよう
としない。
「お前は不二が死んでもいいのか?」
「ヤダッ!」
「だったら離れろ!! 今は一刻を争うんだぞ」
「でもヤダッ! ぜ…たいヤダもん……っふえ」
死んで欲しくない、でも離れたくもないというどうしようもない無茶苦茶な言い分に手
塚はキレ、強引にリョーマを引き剥がそうとしたその時だった。
ピッピッピッピッ……
停止していたはずの不二の心臓が動き出した。
リョーマの乱入のためまともに心肺蘇生が出来なかったのにだ……。
奇跡としか言いようのない事態にその場にいた誰もが言葉もなく、ただ呆然と立ちすく
む。
どのくらいの時間そうしていたのかは定かではないが、一番最初に動いたのはリョーマ
であった。
「先輩! 先輩!!」
リョーマは何度も名前を呼びながら不二に抱きついた。まだ意識の戻らない不二に、自
分の体温を与えるように、不二が目覚めるように……。
「越前……」
「おちび……不二はもう大丈夫だから…ね!」
「菊丸先輩」
菊丸に言われてリョーマはそっと不二から離れた。確かに不二の顔色はさっきまでと違
い生命力を感じる。
「しっかし、ここまでおちびに泣いてもらえる不二が羨ましいにゃ〜」
「……っ」
菊丸の言葉にリョーマの顔が火を噴くように真っ赤になる。
「あれ? ひょっとして、まだ自覚なし?」
「……」
リョーマは無言である。だが、それが皆には肯定の意味で取られた。
「俺達は一度事務所に戻る。何かあったらすぐに教えてくれ」
手塚は工場内でリョーマが落としたケータイをリョーマに渡すと大石達を連れて帰って
いった。
「……」
リョーマは不二の傍にイスを持ってくると座り、じっと不二の顔を覗き込んだ。たった
一日で不二の顔は痩せこけてしまっている。死を彷徨っていたことが窺える。
「っ……俺のせいだよね。俺が単独行動さえしなければよかったんだ……」
リョーマは後悔していた。単独行動もそうだが、もしあの時不二の前に出なければ不二
は撃たれなかったかもしれない。
不二が撃たれた時、リョーマは頭が真っ白になっていた。自分を庇って倒れる不二も胸
から血を流す不二もリョーマは認めたくなかった。そして何よりリョーマは不二を失いた
くなかった。
「先輩……」
リョーマはもう誤魔化すことが出来ない自分の気持ちから目を背けることはしなかった。
きっとリョーマは不二が目覚めたら言うだろう。今心の中にある不二への思いを……。
「……ん」
「えっ!?」
呼吸らしい呼吸もせず静かに眠っていた不二が身動ぎする。
「ふ、不二…先…輩?」
問い掛ける声は震えている。期待に胸をいつになくドキドキさせて不二をじっと見つめ
る。
「あっ!」
リョーマの願いが神に通じたのか、ゆっくりと不二の目が開いた。
「……リョ…マ君?」
まだはっきり覚醒していないらしい。目の前の人物を確認するために、完全な体調でな
いため自分の意思で動かしにくい手をなんとか動かし、リョーマに触れる。
「よか…た。君が…無事で……」
「……っ。不二先輩が庇ってくれたから」
リョーマの目には次第に涙が溢れていく。
「泣か…ないで」
「だって、だって、っく、先輩が目覚ましてくれたから……」
嬉し涙だということに気付き、不二はリョーマ限定の笑顔を僅かに見せる。
「ありがとう」
再び不二は眠りについた。しかし、今回の眠りは危険なものではない。だから不二の寝
顔を見つめるリョーマの顔はとても穏やかだった。
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