「越前」
「おちび」
「越前」
皆が声をかけるがリョーマは全く反応を返さない。心配になった手塚がそっとリョーマ
の頬を軽く叩いた。
「えっ?」
「大丈夫か?」
「手塚所長……」
「少し休め……っ」
近くのベンチに座らせようとした手塚の前でリョーマの目から大粒の涙が次から次へと
溢れる。リョーマの目はここにいる誰も映していない。リョーマの目には手術中のランプ
の光だけが映っていた。
「越前?」
リョーマがゆっくりと一歩一歩手術室の扉に近付く。
「先輩! 先輩!」
「「「!」」」
突然リョーマが壊れたかのように不二の名前を呼びながら扉を叩く。
慌てたのは手塚だ。
何とかして、リョーマを待合室まで連れて行く。それでも、リョーマはずっと不二の名
前を呼んでいた。
「越前……っ」
声をかけた手塚にリョーマが抱きついてきた。
「ひっく……、うっ、うわぁぁぁぁぁっ……」
手塚に抱きつきリョーマは声をあげて泣いた。リョーマがここまで泣くのを誰も見たこ
とがなかった。皆リョーマにどう声をかければいいのか分からず途方に暮れていた。
「越前、不二は大丈夫だよ」
「そうだにゃ。不二がおちび残して死んだりするもんか! だから、泣いちゃダメなんだ
からにゃ」
各々の言葉でリョーマを慰める。
「二人とも大丈夫だと言っている。お前は仲間のことを信じない人間なのか?」
頭上からの手塚の言葉にリョーマは頭を振って否定する。
「だったらもう泣くのはよせ」
「っス」
リョーマが手塚から離れた時、やっと手術室のランプが消えた。入って行こうとするリ
ョーマを引き止めて、章高医師が出て来るのを待つ。
「あ! 章高おじさん、不二は?」
「やあ、秀一郎。……何とか手術は成功したよ」
章高医師の言葉に皆が安堵の溜め息をもらす。
「だが……」
「何か……」
「さっきも言ったように弾が心臓の近くにあったから、かなり危険な状態だったのに変わ
りはない……」
「で……」
「今夜が峠だ」
「「「「!」」」」
章高医師の言葉に皆が固まる。
「ウソっスよね?」
「越前……」
「そんなのウソっスよね? あの人が死ぬなんて!」
「おちび〜」
リョーマの言葉に医師を始め、誰も答えを返してくれなかった。
「! 先輩!」
手術室から不二が出て来た。しかし、ベッドの上の不二はいつもの不二ではない。いろ
いろな機械を身体中に張り巡らしており、顔は死人のように白い。
「とりあえず、今は落ち着いているし、この子も傍にいたいだろうから、集中治療が出来
る個室に運ばせるよ」
「ありがとうございます」
手塚が深々と頭を下げる。
「お礼は不二君が目を覚ましたら聞くよ」
章高医師から言われた言葉にリョーマは凍りつく。
死神が支配する世界に迷い込んでしまったように思え、気を抜けば死神の甘い誘惑に乗
ってしまいそうなほど自分の心が弱くなっていくのを感じていた。
「お、俺不二先輩が目覚ますまで傍にいるっス!」
ピリリリリ……
リョーマが走り出そうとした時、手塚のケータイが鳴った。
「俺だ」
手塚がポケットから取り出したケータイで話を聞く。相手は橘のようだ。どうやら事件
のことを話している。
「……そうか。分かった。後は任せた」
「手塚。何て?」
電話を切った手塚に菊丸が尋ねる。事件の結末が気になるらしい。
「犯人は全員逮捕したらしい……が」
「どったの?」
「いや、何でもない」
「神尾君は?」
「あぁ、神尾も見つかったらしい。少し衰弱しているが命に別状はないらしい」
「よかった〜」
「越前。これでこの事件は完了した。不二のところに行ってこい」
「っス」
手塚に言われリョーマは不二がいる病室へと走って行った。
「おーおー、おちびってば不二のことしか考えてないにゃ」
菊丸の苦笑に大石達も微かに笑う。後は不二の容態が回復するのを待つだけである。
「それじゃあ、俺達も不二の様子を見に行くか」
「あぁ」
三人が暗い廊下を歩く音が響く。
「先輩! 先輩! 不二先輩ってば!」
不二がいる病室からリョーマの切羽詰った声が聞こえる。
「どうした?」
慌てて病室に入ると不二の傍の機械がビービーと鳴っている。どうやら不二の容態が急
変したようだ。
「大石! ナースコールだ! 菊丸は先生を呼んで来い!!」
急に病室が慌ただしくなる。リョーマは呆然としている。
「退いて下さい!」
「先輩!」
「越前!」
「落ち着け!」
「でも、先輩が!」
「越前君。落ち着いて、不二君は必ず助けてみせるから」
「先生……」
病室に入って来た章高医師が優しくリョーマの頭を撫でる。
「心配しないで、ね!」
「……」
やっと納得したのかリョーマが小さく頷いた。
不二の容態は秒刻みで悪化していく。血圧もどんどん下がり、脈も弱くなっていく。
章高医師と看護士達は最善の治療を行うが、最も恐れていた死へのカウントダウンは開
始されてしまった。そして、リョーマ達が病室から出された数分後に死神はその手に常に
携えている鎌を振り下ろした。
「先生っ!!」
看護士の一人が叫んだ。
ピ―――――
病室に不二の心臓が停止したことを知らせる機械音が鳴り響いた。
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