急に工場内が眩しいくらいに明るくなった。
「警察だ!」
「越前! 不二! 無事か!?」
橘達が突入したと同時に手塚達もやって来たようだ。工場内にいた徳川の配下の者達が
次々に逮捕されていく。
「不二先輩っ! 不二先輩っ!」
手塚や橘が入って来たことにも気付かず、リョーマは不二の名前を何度も何度も、それ
こそ狂ったように呼び続ける。しかし、返事が返ってくることはなく、それが余計にリョ
ーマを狂わせた。
「不二先輩っ! 不二先輩っ! 先輩っ!」
リョーマの悲痛な叫びは犯人以外のその場にいる者達をも悲しみに誘う。その結果、不
二の状態を目に入れ、全員が息を殺したように静まり返り、リョーマの声だけがその場に
木霊する。
「大石! すぐに救急車を呼べ! 菊丸! タオルだ! ありったけ持ってこい!!」
不二の姿を見て、誰もが言葉を失っていたが、一番初めに頭が冷静になった手塚がすぐ
さま不二の首筋に手をやり、脈を取り、まだ生きていると分かると、テキパキと大石達に
指示を飛ばす。
傍では、リョーマがずっと泣きじゃくっている。
「越前? お前は怪我はないのか?」
「……ないっス」
「しかし、血が……」
手塚に言われ、自分の手を見たリョーマが声を失った。いつの間にか、リョーマの手は
真っ赤な血で汚れていた。そんな手で溢れる涙を拭おうとしていたから、リョーマの顔も
血で赤くなっていたのだ。
「これって……」
リョーマは自分の手と不二を見比べる。
「先輩? ねぇ、先輩、起きてよ。寝てるんでしょ?」
リョーマの手がノロノロと不二の頬を撫でる。その手が軽く不二の頬を叩くが、不二は
目を覚まさない。いや、覚ますどころか顔から血の気がなくなっていく。
「ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ、イヤだーっ!!」
リョーマの叫びが工場内に響く。
「越前!」
手塚はリョーマから不二を隠すように自分の胸に押し付けた。
「手塚! 救急車が来たぞ!」
「分かった。越前、落ち着け! 不二は必ず助かる!!」
リョーマの目の前で不二は白衣の救助隊によって救急車に運ばれる。
「橘、後は任せる」
「あぁ、行って来い。ここは俺達に任せろ!」
救急隊員によって、タンカに乗せられ救急車に運ばれようとする不二を途中までは黙っ
て見ていたリョーマだったが、隊員の一人が「どなたか付き添いを」と言うと一も二もな
くリョーマが名乗り出た。素早く救急車に飛び乗り不二にしがみ付く。しかし、救急隊員
は困った顔を浮かべ手塚達の方を向く。視線で何が言いたいのか理解した手塚はリョーマ
に優しく降りるように言った。
「ヤダッ! 俺絶対降りません!!」
「越前!」
「……っ、ヤダったらヤダもんっ! 俺、不二先輩の傍にいるの!!」
駄々を捏ね始めたリョーマに手塚は怒鳴りたくなったがここでキレれば事態が更にやや
こしくなるのは確実だったのでぐっと堪えた。
「不二は大丈夫だから、な」
大石に優しく言われてもリョーマは不二から離れようとしてくれない。早く不二を病院
に連れて行かなければ助かるものも助からなくなる。しかし、リョーマは不二の傍にいる
と駄々を捏ねる。それならば、リョーマを付き添いとして救急車に乗せればという人がい
るかもしれないが、リョーマは未成年である。病院について行っても何も出来ない。この
場にいたのがリョーマ一人だったら話は別なのだが、この場には頼りになる手塚がいる。
なので、手塚が一緒に行くことになったのだ。
「越前! お前がそんなだと、本当に不二がヤバイことになるぞ!」
「で、でも……」
「ここは俺に任せて、後から大石達と来い! いいな」
「……」
リョーマが小さく頷くのを確認した手塚が運転手に出発を促す。
「おちび〜、一度、事務所に戻るよ」
「何で! 早く病院行かないとっ!」
「俺らも早く行きたいけど、コレを戻しておかないとね」
菊丸がコレと言って取り出したのは、タオルで何重にも包まれた拳銃である。ここ日本
では拳銃を持つことは銃刀法違反になる。不二は発砲しなかったとはいえ、拳銃を持って
いたのだ。ここにはまだたくさんの警察官がいる。恐らく病院にも来るだろう。そんなと
ころで拳銃を持っているところを見られでもしたら大変なことになる。そう説明されてリ
ョーマは仕方なく車に乗り込んだ。
「所長! 不二先輩は?」
病院の廊下を遠慮なく走り駆けつけた。不二の姿が見えないことに不安に駆られたリョ
ーマはキョロキョロと周りを見回す。
「不二はこれから手術だ」
「えっ、何で?」
リョーマのこの返答から誰もがリョーマがまだ混乱しているのが分かった。
「それは私から説明しよう。手塚君」
「あ、章高おじさん」
「久しぶりだな秀一郎。こんな場面で会いたくはなかったがな……。まぁ、挨拶は後にし
て本題に入ろうか……」
大石に章高と呼ばれた誠実そうな医師はリョーマと向き合う。
「不二君の心臓近くにはまだ銃弾が残っているんだよ。ただでさえ危険な状態なのにそん
なものを入れたままにしておくわけにはいかないからね」
「っ……不二先輩大丈夫っスよね?」
涙を溜めた瞳で縋るように見つめてくる。
「大丈夫だよ。だから私達を信じて欲しい」
「っス」
リョーマが頷いたのを確認すると章高医師は手術室に入って行った。
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