青春探偵事務所 12


  





 潜入捜査を始めて一週間ほどが経った。

 その間、リョーマは殆どをデスクワークで費やしたが、不二のことが頭から離れず、仕

事らしい仕事は殆ど出来ていなかった。今日も殆ど手付かずの状態で退社時刻を迎えた。

リョーマは素早く帰り支度を整えるとまず手塚に挨拶をし、その後残っている者達にも同

様に挨拶をして事務所を後にした。

 重い足取りで帰途につくが、アパートまで後六分くらいのところで歩みはピタリと止ま

った。そこで何か深刻に考えを巡らせながら円を描くようにぐるぐると歩く。考えが決ま

るとリョーマは踵を返して今度は軽快な足取りで目的地へ向かった。





 リョーマが向かった先は氷帝ホストクラブだった。さすがに客としてでも真正面から突

入するわけにはいかず、店が見渡せる場所を探した。折りしもすぐ側にあまり目立たない

小さな喫茶店があったので、リョーマはそこで時間を潰すことにする。窓際の席を陣取っ

て今回の依頼に関する資料を読み直していると、微かに見えていた裏口から二人の人物が

出て来た。周りを酷く気にしているため、リョーマから見ると挙動不審な人物以外の何者

でもなかった。リョーマは自慢の視力で二人の顔をはっきりと見た。

「アレって…神尾さん? と確かホストの……」

 手に持っている資料をパラパラと捲り、目的の写真の箇所で手を止める。

「あった。跡部景吾。氷帝ホストクラブの現ナンバー1ホストか……。てか、不二先輩は

何してるわけ!!」

 どこかに連れて行かれようとしている神尾。彼の行方を調べ無事橘杏の元へ返すことが

自分達の仕事。そのために潜入捜査をしているのに、目と鼻の先にいたのをみすみす逃そ

うとしている。やっぱりヤル気ないんじゃんか!と怒りが込み上げてきても致し方ないと

言えよう。

 誰かに連絡した方がいいのかな?という考えは一切頭をよぎることなく、リョーマを支

配していたのはとにかく二人を追わなければという使命感だけだった。急いで会計を済ま

すと邪魔が入らないようにケータイの電源を切り、ある程度の距離をとって二人の追跡を

開始した。



 大通りに出ると跡部はタクシーを拾う。リョーマも少し遅れてタクシーを捕まえると跡

部達の乗ったタクシーを追ってくれと頼んだ。運転手は隠そうともせず、あからさまに不

審な眼差しを向ける。不躾なそれに気付いたリョーマも目には目を……というどこかの国

の法典をなぞらえるかのように、文句でもあるわけ?こっちは客なんだから黙っていう通

りにしろよと睨み付けることで言いたいことを伝える。あまりの眼光の鋭さに怯え、運転

手は黙ってハンドルを握ったのだった。

 それから十五分ほどタクシーで走り、大通りから外れ、わき道に入るところで跡部達は

おりた。同じ場所でおりるわけにはいかないリョーマはわき道を少し通り過ぎた場所でお

りた。見失うわけにはいかないため全速力で追いかけ、無事二人の後ろ姿を見つけると適

度な距離をとり尾行を続ける。

(この先はもう使用されていない港と工場くらいしかないよな?)

 そうなると目的地は一つしか考えられずリョーマは一層気を引き締める。予想通り跡部

達が入って行った場所は向かって右手に海を臨む、捨てられた工場だった。

「やっぱり、先輩達に連絡した方がいいのかな?」

 恐る恐る工場内に一歩踏み入れ、リョーマはそんなことを言いながらも、足を止めず中

を調べ回る。

「?」

 キキッと工場の外で車が止まる音が聞こえた。なぜかぞくっと背中を何か走るものがあ

り、リョーマは咄嗟に身を隠した。

「……あれ〜?」

「?」

 リョーマはその声に聞き覚えがあった。その人物がリョーマが考えている人物ならこん

なふうに隠れなくてもいい。そう判断したリョーマはそっとその人物に近付いた。

「……と、徳川さん?」

「あー! リョーマ君じゃないか!」

 工場中に響く声で返ってきたのは、昔、リョーマの隣の家に住んでいたことのある徳川

だった。

 リョーマがまだ幼かった時、隣の家に住んでいた男・徳川は多忙な両親に代わり、リョ

ーマの面倒を見てくれた、いわば兄のような存在である。リョーマが両親の仕事で引っ越

してからはどこにいるのかも分からなくなっていたのだ。

「何してんの?」

「そう言うリョーマ君は? ……って、神尾君を探しに来たんでしょ?」

「!」

 徳川の言葉にリョーマは驚く。

 なぜ、徳川がそんなことを知っているのか!

 リョーマの脳が危険信号を発し始める。

「な、何で、そのこと知ってんの?」

「だって、跡部君を使って、青春探偵事務所に関係ある人物を攫えって命令したの僕だか

ら……ね」

「!」

 再びリョーマが固まる。リョーマはこれまでにない驚きを隠せない。

「……何が目的なの?」

「……僕がここまでやってるのにまだ気付かないのかな?」

 徳川が何を言いたいのかリョーマには全く分からない。気が付くと徳川の配下の者だろ

うか、数人のがたいのいい男がリョーマを囲んでいる。

「……そんなことより、神尾さんはどこにいるんだ?」

「さぁ、僕は君さえ誘き出せたらよかったから、そんな男のことなんか知らないよ。きっ

と跡部君が連れているんじゃないかな?」

「俺を誘き出す?」

「そうだよ。僕は君が欲しいんだ」

















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