「何、してるの?」
背後に氷のように冷たい目をした魔王と呼ばれているあの御方が満面の笑みで
立っていた。
手塚は振り向かずとも誰がいるかなど分かっていた。分かっていたからこそ振
り向くことなどできるはずもなかった。
「ねぇ手塚。僕のリョーマ君に、君如きが一体何をしているのかって聞いてるん
だけど?」
『言わなきゃ殺すよ?もちろん言っても後でちゃんと殺すけどねvv』と語尾に
ハートマークを付けた不二の心の声が聞こえたような気がして(実際に不二は口
には出していないが心の中でちゃんと言っているのだろう)、手塚は大粒の汗を
ガマの油の如く流していた。
待てども待てども返事が返ってくる気配がないので、元々キレかかっていた不
二がとうとう本気で怒ってしまった。
「いつまで君の汚らわしい手で僕のリョーマ君に触ってるのさ! いいかげん離
しなよね」
言ったと同時に不二は手塚からリョーマをベリッと引き剥がし、自分の腕の中
に収める。すると先ほど手塚に抱き締められていた時は抵抗しなかったリョーマ
が不二の腕の中でおおいに抵抗し始めた。これでもかというほどに。
「やっ、ヤダ。離せ! 離せよっ!!」
「ちょっ、リョーマ君どうしたの? 落ち着いて。僕だよ。周助だよ」
暴れまくるリョーマの手をいとも容易く押さえ、落ち着かせようとする。が、
「アンタだから嫌なんだよ! いいから離せよ、このバカ!!」
「………………へぇ〜。誰が“バカ”なのかな?」
「アンタに決まってんだろ! 部長助けて!!」
リョーマはマズイとは思いながらも、先ず自分の安全を確保するため手塚に助
けを求めた。だが、それは当然の如く不二の怒りを更に増長させ、三人の周りの
空気は一気に氷点下まで下がった。
この時リョーマは自分が更に不二の怒りの炎に油を注ぐことになろうとはほん
の一ミリも考えていなかった。先ほども言ったが、取りあえずは自分の安全を確
保することで頭がいっぱいだったのである。
「リョーマはそんなに僕にお仕置きされたいんだ」
フフフと悪魔の(魔王なのだが……)笑みを浮かべ、リョーマの耳元で楽しげ
に囁く。しかし、いつの間にか君付けから呼び捨てに変化しているあたり、不二
の怒り具合が窺えるであろう。だからといってここで素直に謝るリョーマではな
かった。不二の口調の変化に気付き、本心では謝った方が良いと分かっているの
だが、自分は何も悪くないのに何故謝る必要があるんだという気持ちが勝ってい
て、リョーマは三度不二を煽る発言をする。
「嫌に決まってんだろ! 俺はもうアンタとは絶対別れるって決めたんだから、
もう一切俺に構わないで!」
この発言により、不二の拘束している腕の力が一瞬緩む。リョーマはそれを見
逃すことなく緩んだ瞬間素早くその腕から逃れ、安全と思われる手塚の元(リョ
ーマの思い込み)へ避難した。
「別れるってどういうことかな? 僕そんなこと一言も聞いてないんだけど?」
いつも絶えず笑みを浮かべ閉じられている目は今や完全に開眼していた。周囲
には身の凍るような冷気とどす黒いオーラが漂っている。
「あ、当たり前でしょ。今初めて言ったんだから。そーゆーわけで今すぐ別れて
ってゆーか、別れるから!!」
最初は不二に対する恐怖から怯んだ様子のリョーマも最後は強気で叫んでいた。
「お、おい越前。いいのか?」
ずっとリョーマを見つめていた手塚は内心とても悔しく思いながらも、リョー
マがどれだけ不二を好きか本人以上に気付いており、先ほどの言葉がリョーマの
本心から言われたものではないだろうと考え心配の色を見せる。
「いいんス。もう決めたんス」
そう言いながらもリョーマの声はどんどん元気さを失くしていく。
「越……」
「僕と別れて手塚と付き合うつもり? そんなこと絶対許さないよ。僕はリョー
マと別れる気はこれっぽっちもないからね。僕から逃げようと思っても無駄だよ。
地の果てだろうが、地獄の底だろうがどこまでも追い駆けるからね」
手塚の言葉に割り込み、リョーマの言葉を跳ね除ける。
「それが迷惑だってことに何で気付かないわけ? アンタしつこ過ぎ! 鬱陶し
いの! いいかげん分かれよ」
「……リョーマ。リョーマの方こそいいかげんにしないと、僕本気で怒るよ」
不二は再び笑みを浮かべていた。
しかし、それは何も知らない人が見ればとてもとても綺麗な微笑みなのだが、
不二の本性を知っている二人にとっては、全く笑ってはおらず、この世の何より
も恐ろしい笑みであった。
「ふ、不二……」
「手塚。邪魔vv」
「っ……」
不二は満面の笑みの下、リョーマのフォローをしようとした手塚を一言で一刀
両断した。
手塚はもはや何も言えず黙るしかなかった。
「リョーマ」
「な、何だよ!」
虚勢を張るが、リョーマの足は不二に対する恐怖心から知らず知らずの内に後
退していた。
「いつまで手塚に引っ付いてるつもり。僕の我慢もそろそろ限界なんだけどな」
ジリジリと不二が詰め寄り、二人の距離が狭まっていく。
リョーマは顔色を青くし、全身から冷や汗を流していた。
「く、来んな! 俺に近寄ってみろ、ただじゃおかないからな!!」
「へぇ〜。どうただじゃおかないのかな?」
「ボ、ボコボコにしてやる!」
そんなことできるはずもないと分かってはいたが、敵に背を向けて逃亡するの
だけはプライドが許さなかったため、虚勢を張り続ける。
「ふ〜〜〜ん。できるならやってみたらいいよvv」
「えっ? うわっ」
不二は言うと同時にリョーマとの距離を詰め、リョーマを自分の腕の中に引っ
張り込んだ。
リョーマは一瞬自分に起こったことが分からず、呆然と不二のなすがままにな
ってしまった。
「僕をボコボコにするんじゃなかったの?」
意地の悪い笑みを浮かべて、リョーマの耳元でいつもより低音の声で囁いた。
リョーマは我に返り、そこから逃れようと精一杯暴れる。しかし、あの細腕の
どこにそんな力があるのか、リョーマがどんなに力を込めても不二の腕はビクと
もしなかった。
「お仕置き、まだだったよねvv」
不二が楽しそうに発したその一言は、リョーマにとっては死刑宣告と同様。リ
ョーマはこれまで以上に手足をバタつかせて暴れる。
「やっ、ヤダ。絶っ対嫌だ! 俺はもうアンタとは何の関係もないんだから、お
仕置きされる謂われなんかない!!」
「まだそんなこと言うんだ。さっき謝れば許してあげようかと思ってたけど、ご
めん。もう限界」
「!? ……んっ」
後ろ髪を掴まれ、顔を上げさせられ、痛いという間もなく強引に唇を奪われた。
もう限界という言葉の通り、不二のキスには全く余裕がない。いつものリョーマ
を労わるようなキスではなく、全てを奪うようなキス。
「ふっ……っん」
呼吸すら奪うようなソレにリョーマの口からは甘い声が漏れる。
「!? ……んんっ!」
リョーマの身体を抱き締めていた不二の手がゆっくりと下の方へ降りていく。
口を塞がれているため言葉になっていないが、不二の手の動きに対して本気で暴
れ始める。
「ちょ、ちょっと! リョーマ君」
暴れ始めたリョーマを宥めるために唇を離す。そして、顔を見た瞬間不二は固
まってしまった。
「……っ」
リョーマの頬は快楽に赤く染まっているが、目から流れている涙は快楽のため
の涙ではなかった。
「……お、俺悪くないもん! 俺が悪いんじゃないもん!! しゅ、しゅ…すけ
が悪いんだもんっ。全部、全部周助が悪いんだから! 何で俺が責められるのっ
……ふっ、ふぇ〜ん」
不二の非道な行為に対し、リョーマはとうとう本格的に泣き出してしまった。
「不二! 後輩を、ましてや自分の恋人をそこまで泣かせて楽しいか? お前の
方こそいいかげん冷静になったらどうなんだ!!」
目の前でキスシーンを見せ付けられ、完璧に石と成り果てていた手塚が、リョ
ーマの泣き声で我を取り戻し、不二を非難する。
「……君なんかに言われなくても分かってるよ。そんなことよりまだいたんだ?
リョーマ君は責任持って僕が面倒見るから、君はさっさと帰りなよ。さっきも言
ったと思うけど、スッゴイ邪魔vv」
手塚の非難をものともせず、手塚以上の嫌味を込めて辛辣な言葉を吐いた。そ
れに対して手塚は大きな溜め息を返すのみ。
「明日もいつも通り部活はある。決して遅刻させるんじゃないぞ」
事務的なことを述べると手塚は二人に背を向け歩き出した。
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◆◆コメント◆◆
やっと出てきました魔王様♪
前に登場したのはいつの頃やら……(−_−;)
これでは何されても文句は言えませんね(冷汗)
実はこのお話管理人の元相方との微妙な合作です。
この頃管理人は頭の中で妄想は膨らむのですが、
無理矢理襲うとかのシーンが全く書けませんでした……。
今も書けないに等しいですけどね(死)
なのでこの時はその場面だけ相方に頼んで書いてもらってたり
するのですよ、実は。
今はなんとか書こうと試行錯誤してるんですけれど、
なかなか上手くいきません。
本当に誰か書き方教えて下さいm(_ _)m
良いよって言って下さる方、いらっしゃいましたら
是非メール下さい。
頑張って勉強しますので!
2005.09.07 如月水瀬