always 5


  



「「いらっしゃい!!」」

 リョーマたちが河村寿しの戸をガラガラと引くと、中から間髪入れず元気とい

うか勢いのある声がカウンター内と座敷から飛んできた。

「「お邪魔します」」

 乾と大石が代表で挨拶らしきものをした。

 座敷のテーブルを拭いていた河村はどこかで聞いた声だなと思い、入ってきた

お客に顔を向けると、驚いたのか口を開けたままポカンとしている。

「やあ河村、精が出るね。それに相変わらず店は繁盛しているみたいだね。四人

だけどあいてるかな?」

「あっ、う、うん。ちょうどこのテーブルあいたからここで良ければどうぞ」

 手で指し示し、拭き終わっていない所をさっと拭くと、カウンターに戻ってい

く。

「オレこの席取った! おちびちゃんはオレの隣ね♪」

 我先にと、あっという間に靴を脱ぎ、座敷に上がり込み自身の席を確保する。

そして、リョーマの席まで勝手に決めて、ここだよ、ここだよと畳の上に置かれ

ている座布団をポンポンと叩いている。

 リョーマは一瞬だけチラリと菊丸を睨むように見ると、菊丸とは対角線上に当

たる席に静かに腰を下ろす。

「にゃんで〜〜?」

 一日に何度泣きそうになれば気が済むのか、またまた泣き出しそうになりなが

ら、恨みがましくリョーマを見やる。

「どこに座ろうと俺の勝手でしょ。何で先輩に決められないといけないんスか?

今は部活の時間じゃないんで、先輩命令なんてもってのほかですから。と・く・

に、菊丸先輩は!」

 リョーマは仮にも先輩に対して他に何か言いようがあろうものなのに、そんな

面倒くさいことには全くお構いなく、冷たく言い放った。

「おおいしぃ〜。おちびが、おちびが冷たいよぉ〜〜」

 いつの間にか菊丸の隣に座っていたパートナーの大石に菊丸は文字通り泣きつ

いた。

 最初は可哀相に思ったのか、ヨシヨシと苦笑しながら頭を撫でてやっていたが、

いい加減鬱陶しく感じてきたのか、ブラックが降臨し、菊丸に止めの一撃を与え

た。

「英二いい加減にしろ。お前の後先考えない行動が及ぼした結果だろ。自業自得

なんだから、もういい加減離れてくれ」

 ゴールデンコンビと言われる相方にまで見放されてしまった菊丸は悲しみが大

き過ぎて涙を零すことも忘れ、白く白く廃れてしまった。

 ブラック降臨中の大石、菊丸を嫌な先輩bPに決定したリョーマの二人はそん

な彼を全く気にせず…というか完全に無視し、乾はデータノートを取り出し、熱

心に今のどの部分かは分からなくもないが、何かを書き込んでいた。







 その時、天の助け(菊丸にとって)かどうかは知らないが、河村がお茶を持っ

て注文を取りにきた。それぞれの側に律儀にお茶を配り、最後に菊丸が白く固ま

っているのを目にして首を傾げている。が、敢えて彼はそのことに触れなかった。

「皆何食べる? さすがに今日も奢りってわけにはいかないけどさ、親父が半額

でいいってさ」

 周りの客に聞こえないように声を小さくして、四人にとってこの上なく嬉しい

ことが伝えられた。約一名はおそらく聞いていないだろうが……。

「本当っスか、河村先輩!」

 やはりというか一番に反応したのは、育ち盛りで食べ盛り真っ最中のリョーマ

であった。これ以上ないというほどの至福の笑顔を浮かべ、印象的な大きな瞳を

輝かせていた。

 河村は頬を少し赤く染めながら、うんと頷いた。

 答えを聞いた瞬間リョーマは河村に抱きつきたい衝動に駆られたが公衆の面前

ということもあり、実際にはその行動は実行されなかった。

「でもタカさん……。地区大会優勝の時も奢ってもらったし、やっぱりそれは図

々し過ぎるんじゃ……」

 大石が副部長らしい言葉を告げる。

 どうやらブラックはこの場を去ったようであった。

「親父が言ってるんだから構わないよ。それに、ほら、俺関東の時も皆に迷惑か

けちゃったしさ」

「でもタカさん。やっぱり今回はきちんと支払うよ。ほんともう何度も奢っても

らってるからね」

 大石が河村の申し出をやんわりと断ろうとすると、リョーマは今度は瞳に悲し

みの色を宿し、大石の服の裾をギュッと握り締める。そんな行動に出るなどと思

いもしない大石は酷く慌てて、辺りを何度も見回した。いつもの癖で……。

 魔…もとい不二がいないことを何度も何度もしつこいくらい確認してから大石

はリョーマに視線を合わせた。

「……?」

 大石の先ほどの行動が全く理解できなかったリョーマは、コテンと首を傾げて

疑問符を無数に浮かべている。

「大丈夫だ」

「???」

 何が大丈夫なのだろうかと、更に頭を混乱させる。大石はそんなリョーマを見

て苦笑しながら言葉を続けた。今度はきちんと主語・目的語・述語を省かずに。

「越前はお金の心配しなくても大丈夫だよ。ここには俺たちが勝手に連れて来た

んだしね。だから、越前の分は俺たちで割り勘するから」

 リョーマの表情はパアッと音に出るように明るくなり、大石たちがこれまで見

たことがない綺麗な天使の微笑があった。

「ありが……」

「大石ぃ――。オレも奢り?」

 リョーマのお礼の言葉を大声で遮り、いつの間にか復活していた菊丸が大石に

抱きつく。

「英二は自腹に決まってるだろ」

「うにゅ〜」

 やっと復活できたと思った瞬間、地球の裏側辺りまで埋没した。そして、菊丸

は全く気付いていなかったが、更に菊丸に止めをさすための人物が今怒りに身体

を震わせていた。

 そして遂に彼は最後の止めをさすためにその口を開いた。







「菊丸先輩なんか大っ嫌い! 今すぐ俺の前から消えて! つーか、消えろ!!」

 言葉の変化から分かるように、この時点で菊丸を先輩という位から抹消した。

 位を抹消された菊丸は、大好きな大好きなリョーマに「嫌い!」とそれも上に

大のつくほどのを叫ばれ、一応地球上になんとか踏ん張って、留まっていたのだ

が、この一言によって地球外、宇宙ではないが地球上でもない所、悪魔や魔王、

可愛い所でいえば子悪魔が住むといわれる(青学テニス部bQの某F様も住んで

いるというかF様が支配しているといわれている)魔界又は地獄と世間一般では

呼ばれている場所にたった一人で落ちていった。次第に周りに悪魔や鬼の類がワ

ラワラと獲物を見つけて嬉しそうに大きく裂けた口から涎を大量に垂らし、ジュ

ルッと舌なめずりをしながら集まってくる。菊丸は逃げなければと思うのだが、

足は糸で縫い付けられたかのように一歩も動くことができなかった。

 当たり前であるが、これは菊丸の悪夢みたいなもので、現実世界では菊丸の身

体は河村寿しの座敷にきちんと座っている。魂のみが身体から抜け出ているよう

なもので、誰も菊丸が大変な目に遭っているなど気付いていなかった。ただ言え

ることは菊丸が三人から奇妙な目で見られているということである。魂は抜けた

状態なはずなのに、菊丸の口からは大きくはないが確かに叫び声が発せられてい

たからであった。

「ふ、ふ、不二の手下が……」とか、「オレにゃんか食べても美味しくないにゃ

ー!」とか、「大石ぃ。たーすーけーてー」とか本人は非常に必死なのだが、周

りの者にとってはどうあっても菊丸がおかしくなったとしか考えられないことを

叫んでいた。






「菊丸先輩どーしたんスかね? 訳分かんないことさっきから叫んでるっスけど」

 自分の言葉が彼を魔界へと突き落としたことに全く気付いていないリョーマは

他人事のように言い、菊丸に冷めた視線を注ぐ。

「気にするな越前。英二は偶に一人で自分の世界に入ったりするから、今もきっ

とそうなんだろう」

 リョーマが菊丸を気にしているようなので、大石は安心(?)させるためにた

った今思いついたことを、さも当然のことのようにサラッと言葉にしたので、リ

ョーマはそれがウソだと微塵も疑わず、大石の言葉をそのまま鵜呑みにした。最

後の一人である乾は今までのデータと先ほどの状況から、今現在菊丸に起こって

いることが100%とは言わないが95%ほどは分かっていた。しかし、大石が上手く

リョーマの関心を逸らしたので本当のことを告げることはせず、このまま黙って

データを取ることに専念した。



(越前のデータから、不二に関することが何か分かるかもしれないし、もう少し

様子を見てみるか……)



 青学レギュラー陣にまともな人間は存在しないのだろうか。否、存在していて

も周りがこんなのばかりだと、自分を見失ってしまい、自分を守るためにはおそ

らく彼等に同調しなければならないのだろう。





 青学テニス部。

 なんて恐ろしい部活なのであろうか……


















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   ◆◆コメント◆◆       というわけで、今回はタカさんでした〜♪       大石は再びブラック降臨(笑)       乾は必死にデータ取り。       リョーマは菊を先輩から抹消。       その菊はというと、勝手に一人で大変な目に遭ってます(笑)       今でも覚えています。       管理人がこのシーンを書いたとき、大学の講義の時間で       スライドを見ていたため部屋が暗かったのです。       そんな中、管理人はスライドの映像を完璧に無視して妄想を       膨らましていました。そして、暗かったからこそ菊は魔界or地獄       に旅立ったのでした(爆)              一体この時の管理人の頭の中はどうなっていたのでしょうか?       きっとある意味素敵だったのだと思います(−_−;)       次は誰か出てきたっけ?       ど忘れです(死)                       2005.08.10 如月水瀬