「こんなところで眠っては風邪を引きますよ?」
柳生は芝生で気持ち良さそうに深い睡眠に入っている小学生くらいだと思っている少年
リョーマを軽く揺り起こそうとする。しかし、よほど深い睡眠なのか、それとも元々寝汚
いのかリョーマは起きる気配を見せない。
「執念じゃのう♪」
「変な感心をしないで下さい! 仁王君」
「プリッ」
「全く、都合が悪くなるとすぐにソレを使うんですから……」
眼鏡を人指し指で押し上げながら仕方ないというふうに溜め息混じりに呟く柳生は、苦
労性のようだ。
「って、何してるんですか!?」
一瞬目を放した隙をついて、仁王はリョーマの側にしゃがみ込み、ぷにぷにとしたリョ
ーマのほっぺを指でつついている。
「触り心地良さそうじゃなぁ〜と思ってのう」
「だからって……」
「どうやら起きたようじゃぞ?」
仁王の言葉に柳生の小さな噴火は不発に終わった。そして二人の視線は当然ながらリョ
ーマに集中する。
目を擦り、伸びをして漸く自分の側にいる人物に気付く。
『アンタたち誰?』
「!? 英語」
「みたいじゃのう……」
流暢な英語で喋られいつもは騙し、相手を驚かせる側の二人も素直に驚きをあらわにし
ていた。
『あぁ、そっか!』
二人の驚いた顔を見て、何かを一人で納得する。手をぽんっと叩いたのだ。
「アンタたち誰?」
今度はきちんと日本語だった。
「私は柳生比呂士と言います」
「俺は仁王雅治じゃ。で、お前さんは?」
「越前リョーマっス」
「そうですか。では越前君は何故こんなところで寝ていたのですか? いくら4月といっ
てもまだ肌寒いですし風邪を引いてしまいますよ?」
「ん〜。俺のせいじゃない。迎えが来ない」
「ご両親ですか?」
「違う。従姉妹」
その時、ケータイの着信音らしき音楽が流れた。
「リョーマのじゃないか? そんな睨まんでも、柳生も呼べばいいじゃろ?」
会ったばかりなのに仁王はファーストネームでリョーマのことを呼ぶ。それにすかさず
反応したのは当のリョーマではなく柳生で、柳生は軽く仁王を睨んだ。
「全く素直じゃないのう。人生損するぞ?」
「余計なお世話ですよ、仁王君」
二人はそれからしょうもない言い争いというか、立海のレギュラー陣に言わせれば漫才
を繰り広げるのだった。
リョーマはというと電話の相手を確認すると切れない内に通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『リョーマさん? ごめんなさい。友達がトラブってしまって、そちらに行けそうにない
のです。竜崎先生が代わりに迎えに行ってくれるそうなので、もう少し待って頂いても良
いですか? 夕飯はリョーマさんの好きなものばかりにしますので……』
「じゃあ、住所メールで送って。別に迎えなくても大丈夫だから」
『でも……』
「大丈夫っス! 一人でも行けるから」
どこからきているのか自信を持って答えると菜々子も少し悩んだ末、リョーマのしたい
ようにさせるのだった。
『分かりました。じゃあ、竜崎先生にはお断りしておきますね』
「よろしく、菜々姉」
電話を切るといつの間にか漫才は終わり、二人はリョーマを待っていた。
「まだ、いたんスか?」
「心配ですから」
「そうそう、小学生を一人にはしておけんしのう」
『俺は小学生じゃない!!』
「「??」」
怒鳴ったが無意識に英語に戻っていたため、早すぎて二人にはヒヤリングが出来ていな
い。けれど、リョーマはそれに気付かず怒りに任せて叫び続けた。一番のコンプレックス
を指摘されたのだ簡単に収まるはずがない。
どれくらい怒鳴り続けたのだろうか。肩が激しく上下していることから、凄まじい剣幕
だったことが推測される。柳生と仁王の二人が口を挟む隙がないほどで、ただ呆然とつっ
立っていた。そして漸く待っていた隙が出来るとすかさず、行動に出る。
「どうやら地雷を踏んだみたいじゃのぅ」
「仁王君! 君はもう黙っていなさい!」
これ以上仁王に喋らすと治まるものも治まらないと判断し、ハッキリ言い切る。
「プリッ」
分かっているのかいないのか……。
コンビを組んでいても、やはり良く分からないというか得体の知れない人物だった。
「……。すみません越前君。彼のことは気にしないで下さい。忘れて頂いても何の問題も
ありませんから」
「ふ〜ん。いいんだ」
「えぇ、構いませんよ。それよりも何だったんですか?」
「迎え、来れなくなったってさ」
「大丈夫なのですか?」
「ソレどーゆー意味?」
やはりコンビ。同じようにリョーマにとっての地雷を踏んでいる。
「あぁ、越前君が考えているような意味ではないですよ。ただ、やはり初めての国でしょ
う? いくら日本人と行っても。だから心配なのですよ」
「そ。でも、なんとかなると思う。住所はメールで送って貰ったから。あとはちょっと行
きたいとこがあるんスけど、それもタクシー使えば大丈夫だと思うし」
「行きたいところ? どこですか?」
「ん? 俺が通う学校っス」
「どこなのですか? ……そういえば、私たちも名前しか言ってませんでしたね。私は立
海大付属中学三年でテニス部です」
「え〜と、確か青春学園中等部っス」
「青学かい」
柳生に言われ沈黙を守っていた仁王だがリョーマの学校に反応する。
「知ってるんスか?」
「あぁ、俺たち立海のライバル校じゃ。といっても俺らは常勝立海大じゃがのぅ」
「じょうしょう?」
漢字変換が出来ていない。意味も分かっていないようだ。
「常に勝つと書いて常勝。私たち立海大テニス部は二年連続全国優勝しています。対して
青学は関東大会止まりですね」
「……強いんだ。アンタたち」
「当然じゃ。勝たなきゃ意味などないしのぅ。青学なんかやめときんしゃい。立海大に来
んか? 楽しいぜよ?」
「そうですね。その意見だけは私も仁王君に賛成です。どうですか? リョーマ君」
いつの間にか柳生の呼び方も仁王に対抗するかのように「リョーマ」と変わっている。
しかし、礼儀正しい柳生は君付けであったが。仁王だけがそのことに気付きにやりと楽し
そうに柳生を見るが柳生は綺麗にシカトした。当のリョーマは当然ながら気付いてはいな
い。もし、気付いていたとしてもアメリカ育ちのリョーマはファーストネームで呼ばれる
ことに慣れているため、気にすることはないだろうが。
「俺が決めたんじゃないし。それに……」
「「それに?」」
「そこの顧問が親父の恩師らしいから。俺、日本人だけど、育ったのあっちだから、難し
い言葉とか、漢字は苦手なんス。でも、事情知ってる人がいればある程度は免除してくれ
るかな〜と」
「帰国子女というわけですね」
「そうっス。会話ならほぼ問題はないっス。あっちにいた時でも、家の中では日本語だっ
たから。でも……」
「書くのは苦手ということですね。そうですね、あちらでの生活なら、喋ることが出来れ
ば十分でしょうね」
「そーゆーこと。だから俺は青学行くっス」
話の筋は一応通っている。少なくともリョーマの中では。けれど、柳生は釈然としない。
そう、リョーマが言っていることを要約すれば、漢字の読み書きが不十分だからフォロー
の出来る人がいる学校がいい。つまり裏を返せば漢字の読み書きが出来ればどこの学校で
も問題ないということだ。自分たちの通う立海大付属でも。
そのためにはどうすれば良いか……。