名のない言葉 3



   


翌日、受付所で応対をしていたイルカは綱手の呼び出しを受け、困惑していた。隣に座っていた同僚の 可哀想に、という視線が疎ましい。
「失礼します、綱手様。」
どうせ書類処理を手伝わされる、否押し付けられるのだ。気分は果てしなく下降していた。
ところが予想に反して綱手は、厳しい表情をして執務室の椅子に座っていた。机の上には一本の巻物が 置いてある。
「あの…綱手様、お呼びでしょうか。」
「…イルカ、泉の城落としについては聞き及んでいるな。実は攻略の鍵となる城の見取り図、城内の井戸の 水源についての地図が手に入った。それがこの巻物だ。…これだけでも多大な犠牲を払ったのだがな。 これさえあれば井戸の水を断ち、兵糧攻めにして敵を弱らせることが出来る。城内の見取り図もあるから、 攻め込むことも容易になる。二ヶ月も続く戦だ、すでに兵糧も多くはあるまい。おそらく決着がつくまでに そんなに時間もかかるまい。――そこでだ。お前にこの巻物を戦地のアスマたちに運べる中忍を推挙して ほしいんだ。受付所に座るお前なら適正人物が分かるだろう。」
「…それ、俺が行ってもいいですか。」
しばらくの沈黙の後のイルカの言葉に、なんだとと言葉を失う綱手にイルカは真剣な顔をして頭を下げる。
「…カカシか…」
心底疲れた声で呟かれた綱手の言葉に苦笑する。さすが五代目、何でもお見通しだ。
「俺のわがままなのは分かっています。」
内勤の自分が関わる任務でないことは分かっている。それでもチャンスだと思った。
「お前、腕は確かなんだろうな。最前線だぞ。」
肯定の変わりに綱手が吐き出した憎まれ口に、イルカは頭を下げ、踵を返す。
「昔、三代目に暗部入りを勧められる程度には。」
「…マジか。」
呆然と綱手は呟いた。どうやら思いがけなく受付のアイドルの秘密を知ってしまったようだ。だが、次からは イルカにも高ランク任務を斡旋しようと心に誓う綱手は有能かつ非情な里長であった。

執務室を辞したイルカは真っ先に紅を探しに上忍待機所を訪れた。都合の良いことにその場にいたのは紅一人だった。
「あら、イルカじゃない。どうしたの?」
「俺、任務で泉の城へ赴くことになりました。」
ソファに座ってコーヒーを飲んでいた紅は驚いたようだったが、そう、良かったわね、とにっこり笑った。
「紅先生を差し置いてというのはどうかと思ったんですが…」
「何言ってんのよ。あたしには子供たちの面倒を見るっていう任務があるもの。そんな事に気を遣わなくて 良いのよ。やっぱりイルカはこの任務を受けると思ったのよね。」
「…え?じゃあこの任務があることを知って、昨日あんなこと言ったんですか。」
「そうよー。やっぱり自分の心に正直に生きなきゃねえ。」
イルカは静かに脱力した。どこまでが本音でどこからが演技だったのか。結局誰もこの美女には敵わないのだ。
たわいない話をしばらくしたあと、イルカは自宅に帰り、任務の準備を始めた。綱手にはああ言ったが、実際に 里外の任務に赴くのはかなり久しぶりのことだった。
――そして任務に緊張ではなく喜びを感じるのは初めてのことだった。



   あと1話で終わると思います。もう少しお付き合いください。次からはカカシサイドです(多分)
   2005 11 23 陸城水輝

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