カカシと最後に会ったのは、約二ヶ月前のことだ。アスマやガイといった里屈指の忍びと共に、泉の城落とし の任務に赴いているのだ。 彼の教え子たちは、それぞれの岐路へ立ち、そしてそれぞれの道を歩んでいる。そして、彼は新しい下忍を 育てることなく、上忍として任務をこなしていた。彼が参加している泉の城落としは、ここ二ヶ月ほど、里が 頭を悩ませている戦地であった。何しろ城を落とすには、膨大な人数と時間が掛かる。しかもそれなりの 危険度も伴うため、上忍や戦慣れた中忍が数多く駆り出されていた。カカシやアスマ、ガイなどもそのクチ だ。 「これ以上長引いたら、他の依頼にまで差し支えてくるな。」 ため息をついた同僚に軽く頷き、イルカが同意を示したとき、紅が任務報告書を手に、受付所へ姿を現した。 「私で最後かしら?遅くなってごめんなさいね。」 記入済みの報告書をイルカの同僚に渡し、嫣然と髪をかきやる紅にしばし目を奪われたイルカは、我に帰ると お疲れ様です、と返した。 「…イルカ、ちょっといいかしら。」 イルカは突然の紅の言葉に驚き、目を丸くした。いつになく真剣な彼女の表情にとまどっていると、同僚は気を 遣ってくれたのか、行って来い、と言ってくれた。彼に礼を言って紅の後についていくと、彼女は受付所から やや離れたところにある小さな公園の前で立ち止まった。辺りも薄暗くなってきたためか、そこで遊んでいる 子供は一人もいなかった。 「…寝不足なんでしょ。」 紅にするりと頬を撫でられて、イルカは思わず赤面した。動揺を押し隠し、イルカは曖昧に答えを返す。 「ええ…まあ。」 「カカシがいないから。」 とっさの事に答えることが出来なかったイルカを見て、紅はやっぱりね、と苦笑した。 「…違いますよ。仕事が忙しいだけです。」 「嘘おっしゃい。疲れ具合が半端じゃないわよ。どーせカカシのことが心配で眠れないんでしょ。」 言い返す言葉が浮かばなかったイルカは、仕方なく呟いた。 「…だって、忍びがそんなんじゃどうしようもないでしょう。」 カカシは里屈指の上忍で、任務を請け負うのは当たり前のことだ。対して自分は内勤の中忍なのだから、里外への 任務に赴くことはほとんどない。となると必然的に待つのは自分で。 「…俺は、待つのは苦手なんです。」 どうしても喪うことを考えてしまうから。 ぽつりとこぼしたイルカの言葉に、紅は静かに微笑んだ。 「そうそう、そうやって時には本音を漏らすことも大事よ。心に溜め込んだら疲れるものね。それにしても羨ましい こと。カカシがこんなに愛されてるなんてね。」 「く、紅先生っ。」 紅の言葉に照れ、慌てたイルカは、しかし少し寂しそうな紅の姿に口を噤んだ。 「なんであいつらは、あたしを置いて行ったのかな。」 その言葉にイルカははっとする。現在紅はガイとアスマの二班の子供たちを預かり、自班と共に教えている。 子供たちが昇進し中忍となった今でも、基本はスリーマンセルでの任務となるし、年齢を考えるとまだ上忍師の 存在は必要だからだ。 「あたしだってあいつらと一緒に戦えるだけの実力はある筈なのに。」 カカシやアスマ、ガイよりも遅れて上忍となったとはいえ、彼女もまた里の誇るくのいちだ。それでも三人と共に 任務へ赴くことは許されなかった。 「戦地では、女性は夜伽などの嫌な任務も引き受けなければいけませんからね。きっとアスマ先生はそれが嫌だった んですよ。」 「…イルカも言うようになったわね。」 軽く睨む紅はそれでもイルカの言葉に少し満足したようだった。 「それに紅先生なら自分の大事な教え子をお任せできると思われたんでしょう。俺でも誰が良いかと訊かれれば 紅先生と答えますよ。カカシさんは問題外です。」 「うふふ、じゃあそういうことにしてあげる。ごめんなさいね。私も少しストレスが溜まっていたみたい。」 「いえ、俺も少し気分が楽になりました。ありがとうございました。」 …寂しいものは寂しいと、言ってよいのだろうか。 すっかり辺りは暗くなってしまい、紅を送っていくと申し出たのだが、この後くのいちだけの飲み会があるのだと 言われてイルカと紅はその場で別れた。イルカはそのまま自宅へと帰り、朝の残り物を軽く口にすると、さっさと 風呂へ入って寝ることにした。紅と話して少しすっきりしたのかイルカはすぐに眠りに就いた。 ――その夜は夢を見なかった。 |