4 時は少し前まで遡る。 黒夜会場内に置かれた豪華なソファ。占領しているのは大柄な男。 アスマは今宵何度目かのため息を、煙草の煙と共に吐き出した。その仕草にソファが軋む。 「いい加減機嫌を直せよ、カカシ。」 悪友の言うとおり、カカシは機嫌が悪かった。覆面と額宛でほとんど顔が隠れているにもかかわらず、長年付き合ってきた者には わかるらしい。 「うるさいよ、髭。」 眉間の皺を数本増やして自分を一瞥したカカシに怯むこともなく、アスマはケッと吐き捨てた。 「イルカの家に押しかけたら留守だった…って、それがどーしたってんだ。あいつも忙しいんだよ。」 「いーや、イルカ先生はオレのもんなの!いつでも傍に置いとかなきゃ気が済まないよ。」 「あーのーなぁ…」 ごっそりとイルカの気持ちは無視されている。何を言っても無駄だと悟って、苦労性のアスマはがっくりとうなだれた。 そもそも、自分をここに連れてきたのはカカシなのである。久方ぶりの休みにゆっくり一人酒を楽しもうとしていたアスマは、 カカシに問答無用で黒夜会場に連れてこられたのだ。 とはいえ、二人の目的は賭け事ではなく、会場で飲み放題の酒類だったのだが。 「…あいつは色んなモンを抱えてる。それには気づいてるんだろ?」 彼はただ安穏と日々を生きてきた訳ではない。九尾の災厄直後の動乱を生き抜いてきた忍びだ。 「そんなことぐらいわかってる。過去からまだ抜け出せていないこともね。」 過去に所属していた部隊を教えてくれないこと。…おそらくは動乱時代の。それは守秘義務があるという理由だけではないはずだ。 「だからオレが過去から引きずり出してやろうと思って。」 「酷い男だな。」 イルカの過去を多少なりとも知っているアスマは呆れるしかない。だが、それはいずれ誰かがやらなければならないことではあるのだ。 「そ。オレは酷い男なの。平気で傷口とか抉り出せるもん。」 それに―― 「…そんでもって傷口を抉られても、なお睨んでくるくらいの気概がないと。」 それくらいしてもらわないと面白くないではないか。 「はぁ…、お前なぁ〜」 どこまで彼を追い詰めてくれる気か。アスマは本気でイルカがかわいそうになった。どこまでが本気でどこからが遊びなのか、 飄々としたカカシの口調からはわからない。だが、どちらにしろ間違いなく不幸を被るのはイルカである(その余波がアスマにも降りかかってくるのではあるが)。 (誰か、このポジション代わってくれねぇかな〜) 残念ながら、名乗り出てくれる人はいそうになかったが。 「…何だ?」 ふいに会場内が騒がしくなった。どこかで酔っ払い同士のトラブルでも起きているのだろうか。そう思って辺りを見回した二人は、 同時に話に出てきた人物を発見した。…彼は何故か騒ぎのど真ん中にいた。 「うげっ…」 「あっ!」 やべぇと顔を引きつらせたのはアスマ。見ーつけたとばかりに目を眇めたのはカカシ。 「いたいた〜」 口布の下の唇は、狩りの獲物を見つけた肉食獣のように弧を描いていた。 |