朱を奪う紫  賭けの行方


   
   


時は少し前まで遡る。


黒夜会場内に置かれた豪華なソファ。占領しているのは大柄な男。
アスマは今宵何度目かのため息を、煙草の煙と共に吐き出した。その仕草にソファが軋む。
「いい加減機嫌を直せよ、カカシ。」
悪友の言うとおり、カカシは機嫌が悪かった。覆面と額宛でほとんど顔が隠れているにもかかわらず、長年付き合ってきた者には わかるらしい。
「うるさいよ、髭。」
眉間の皺を数本増やして自分を一瞥したカカシに怯むこともなく、アスマはケッと吐き捨てた。
「イルカの家に押しかけたら留守だった…って、それがどーしたってんだ。あいつも忙しいんだよ。」
「いーや、イルカ先生はオレのもんなの!いつでも傍に置いとかなきゃ気が済まないよ。」
「あーのーなぁ…」
ごっそりとイルカの気持ちは無視されている。何を言っても無駄だと悟って、苦労性のアスマはがっくりとうなだれた。 そもそも、自分をここに連れてきたのはカカシなのである。久方ぶりの休みにゆっくり一人酒を楽しもうとしていたアスマは、 カカシに問答無用で黒夜会場に連れてこられたのだ。
とはいえ、二人の目的は賭け事ではなく、会場で飲み放題の酒類だったのだが。
「…あいつは色んなモンを抱えてる。それには気づいてるんだろ?」
彼はただ安穏と日々を生きてきた訳ではない。九尾の災厄直後の動乱を生き抜いてきた忍びだ。
「そんなことぐらいわかってる。過去からまだ抜け出せていないこともね。」
過去に所属していた部隊を教えてくれないこと。…おそらくは動乱時代の。それは守秘義務があるという理由だけではないはずだ。
「だからオレが過去から引きずり出してやろうと思って。」
「酷い男だな。」
イルカの過去を多少なりとも知っているアスマは呆れるしかない。だが、それはいずれ誰かがやらなければならないことではあるのだ。
「そ。オレは酷い男なの。平気で傷口とか抉り出せるもん。」
それに――
「…そんでもって傷口を抉られても、なお睨んでくるくらいの気概がないと。」
それくらいしてもらわないと面白くないではないか。
「はぁ…、お前なぁ〜」
どこまで彼を追い詰めてくれる気か。アスマは本気でイルカがかわいそうになった。どこまでが本気でどこからが遊びなのか、 飄々としたカカシの口調からはわからない。だが、どちらにしろ間違いなく不幸を被るのはイルカである(その余波がアスマにも降りかかってくるのではあるが)。
(誰か、このポジション代わってくれねぇかな〜)
残念ながら、名乗り出てくれる人はいそうになかったが。

「…何だ?」
ふいに会場内が騒がしくなった。どこかで酔っ払い同士のトラブルでも起きているのだろうか。そう思って辺りを見回した二人は、 同時に話に出てきた人物を発見した。…彼は何故か騒ぎのど真ん中にいた。
「うげっ…」
「あっ!」
やべぇと顔を引きつらせたのはアスマ。見ーつけたとばかりに目を眇めたのはカカシ。
「いたいた〜」
口布の下の唇は、狩りの獲物を見つけた肉食獣のように弧を描いていた。



   久しぶりの更新となりました…。
   短いですが話の区切り上ここで切りました。アスマさんがかわいそう過ぎる…。
   二人が話しているのを遠くで周防は見ていたんでしょうね〜。
   2007 01 08 陸城水輝



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