2 大いに盛り上がる観客を横目に、イルカは会場内を巡回していた。普段は結婚式の会場などに使われる大広間が今回の『黒夜』 の舞台だ。周囲からは歓喜や悲鳴、さらに怒号といった、さまざまな声が聞こえてくる。 「盛り上がってるなぁ…」 思わず独り言をもらしてしまうほど、辺りは熱気に包まれていた。 「よお、イルカ。」 「…周防?」 掛けられた声に振り向いてみれば、そこにはソファーにゆったりと身を沈めた腐れ縁の友人の姿。ただし、いつもとは異なり、髪を黒く染めている。 「髪が黒いから一瞬わからなかったぞ。」 「ははは、いつもの姿だったら目立つだろう?」 確かに忍びを辞めて今は隠遁しているが、二つ名を持ち、カカシと並んで賞賛された上忍であった周防を知る人は少なくない。 「…大して変わってないような気もするけど。大体、何で忍びを引退したのに黒夜に参加してるんだよ。」 「まあ、いいじゃないか。…それにしても賑やかだなあ。」 「ああ、ブラックジャックにバカラ、麻雀から札までいろいろなゲームがあるらしいぞ。」 「ふぅん?で、お仕事のほうは順調かい?」 「ああ、まだ目立ったトラブルはないみたいだ。」 もっとも、ゲームが白熱し、酔っ払いが出てくれば話は別だが。 「火影様のお気に入りも大変だな。」 茶化したように笑う周防に、うるさい、と一発拳骨を見舞って、イルカも周防の隣へ座った。 「そうでもないさ。…それに家にいるほうが…」 「ああ、はたけのことか。」 語尾を濁らせたイルカの言いたいことを瞬時に読み取って、周防は苦笑した。 「なかなか、続いていると思うけどなあ〜」 任務さえなければ、イルカ宅へ押しかけているという。もちろん受付所での周囲への牽制も忘れない。ただ、イルカの感情を無視して。 「冗談じゃない!」 いくら自分がカカシの気持ちを拒絶してもどこ吹く風。いくら抵抗してもお構いなしに押し倒す。ついでに結構、いや、かなり性悪だ。 絶対、サドだ。 一人悶々としているイルカを面白そうに眺めながら、周防はグラスのカクテルを飲み干した。 「…そうだ、オレ…」 何かを言いかけた周防は、近づいてきた慌ただしい気配に口を噤んだ。 「周防?」 「いや、いい。今度にするよ。」 納得行かないような顔をしたイルカだったが、近づいてくる同僚の姿を認めた途端に渋い顔をした。 「…何があった、ウヅキ?」 「忙しいのにすまん、イルカ。話は後だ。早くしないとナツノたちが身ぐるみ剥がされちまう!」 ウヅキはイルカの同僚だ。同じアカデミー勤務の仲間の中では比較的冷静な彼だが、顔が青ざめている。 困ったように視線を投げかけたイルカに周防は苦笑し、ひらひらと手を振ってイルカを促した。 「行ってこいよ。急ぎの用事なんだろ?オレの話は大したものじゃないから。」 「悪いな。」 一言詫びの言葉を残して駆け出していった親友の姿を見送りながら、周防は会場内をぐるりと見渡した。 「……イルカ、今年の黒夜は面白くなりそうだぞ。」 その顔には、ニヤリ、としか形容できないような笑みが浮かんでいた。 |