3 周防は、ぐっすりと眠るイルカの頭を自分の膝に乗せ、そろりとまっすぐな黒髪を梳いた。 周防はイルカが何も望んでいないのを知っている。あまりにもたくさんの大切なものを失い過ぎたからか、 イルカは自分自身というものにほとんどこだわらない。与える愛情は惜しみないのに、与えられる 愛情には抗う。周防はそんなイルカが危ういものに思えて仕方なかった。だから、カカシがイルカに 執着を持っていることを知った時、イルカをこの世に縛り付ける枷となればいいと考えたのだ。 (まさかここまで執着心が強いとは思ってなかったけど…) 「…お前だけじゃない。俺も臆病になった。…あの戦が終わってからだな。せめてお前だけでも 失いたくないと思うのは卑怯か?」 周防の膝に頭を預けたイルカの表情は、いつもより少し幼く見える。自分が彼と同じ時を共有した頃に 戻ったような気さえしてくる。 感傷に浸る周防の思考を現実に引き戻したのは、見知った気配だった。少し挑発するように周防はイルカの 顔に走る傷を静かに撫でて呟いた。 「それにしても…警戒もせずに飲み物を口にするなんて、無防備な奴だな。これならロクでもない男に 引っかかったのも納得できるなあ。」 瞬間空気が殺気を帯びる。 「…オレのことは警戒しまくりだったけどね。…イルカ先生に何をした?」 周防は背後に立ったカカシの方を振り向きもせずに、穏やかに笑った。 「ちょっと睡眠薬を飲ませただけだ。…別に何もしやしない。随分疲労が溜まっていたみたいだからな。 で、お前は何の用事だ、はたけ?」 カカシはやれやれと額に手を当てた。カカシと周防は、周防が現役だった頃に何度か任務を組んだことがある。 自分のように二つ名を持つ実力者である周防との任務は、アスマの次ぐらいにやりやすかった思い出がある。 ただ、カカシが持つ周防についての印象は、何を考えているか分からない食えない上忍、というようなものだった。 おそらくお互い様なのだろうが。 「ちょっと聞きたいことがあってね。つーか、はたけって呼ぶな。それからイルカ先生から離れてよ。殺すよ。」 「…で?聞きたいことって何だ?」 最後の脅しのような言葉をさらりと聞き流して、周防はカカシに尋ねる。もちろんイルカは周防の膝の上に頭を 預けたままだ。カカシは平然とした周防の態度に妙に感心していた。相手の話術にはまりかけている。 「イルカ先生は元暗部だってアスマが言ってた。あいつは三代目に血の繋がる男だから、幼い頃から三代目に かわいがられていたイルカ先生のことを知ってるって訳だ。中忍が暗部に在籍するってことは珍しいけど前例が 無い訳じゃない。なんでイルカ先生が…って驚きはあったけどね。だけどアスマもイビキもイルカ先生がどの部隊にいたのか 訊くと口を閉ざす。…あの人は何者?」」 カカシの殺気で急速に辺りの空気が肌刺すものに変わったような気がした。 |