夫婦で金を搾り取られているのだから世話はないのだが、俺たちにとっては格好の餌食だ。

 あんたのせいなんだからな。

 心の中で毒づいて席を離れ、俺はホステス達のテーブルに向かった。

 「ね、シンジぃ。シンジの彼女って女子高生だってほんと?」

 酔っ払ってタガの外れたホステスの赤い唇からそんな言葉が漏れ、俺は一瞬ぎょっとした。

顔色を変えるほどバカではないけれど。

 「誰が言ったんだよ、そんなくだらないジョーク」

 「えー、だってショウちゃんがそう言ってたもん」

 「嘘に決まってるだろ。俺、26だぜ?犯罪じゃんか」

 言いながら、俺はショウを睨み付ける。こういう立場関係も、はっきりさせておかなければ

いけない。

ショウには後で少しばかり痛い目を見てもらう事になるだろう。

ホストという業種には、色々と決まりごとがあるのだ。

 「やっだ、シンジったら怖い顔。ひょっとして、マジなの?」

 ホステスが嬌声をあげる。 今頃、会話の内容までは聞こえないマダムはやきもきとしている

事だろう。ホステスの嬌声だけは、どこにでも響く。 笑うのを仕事としている女たちの笑い声は、

100m先からでも響くのだ。

 「バカ。そんなのヘタに手出したら、狩られるのがオチだよ。

・・・お前ら、オヤジに撫でられて稼いだ金、こんなところで使ってんじゃねぇよ」

 「やーね。ストレス解消よ。そーでもしなきゃ、やってられる訳ないじゃん」

 「カラオケでも行けよ」

 「店で歌ってるのに、なんでわざわざそんなトコ行かなきゃいけないのよぉ」

 ホステスの相手は楽だ。同じ「客を楽しませる」仕事なので、性別の違いこそあれ、

身体に染み付いた匂いのようなものが一緒なのだ。仕事の憂さを晴らすのに、

自分と同じ匂いのするホストクラブに通うホステスは、多い。そういう連中にはわざとらしく

丁寧に対応する必要はない。ただ、友達のように騒げばそれでいいのだ。

 そんなことの為に10万以上も払ってわざわざ馬鹿高いホストクラブに来る女たちの気持ちは

少し理解しづらいが、要するに自分よりもレベルの低い店になど行く気がしないのだろう。

ホステス達はふたりともまだ若く、きれいな顔をしている。

 「せっかくシンジに会いに来たのに、ほんとにつれないんだからぁ」

 すねた顔をしてみせるホステスは、確かに可愛い。職業病でもあるのだが、

可愛い事は才能でもある。

この業界で生き残れるのは、その才能を持った者だけだ。

 「ね。あたし、シンジとだったらお金払ってもいいな。あんなオバサンとやってると、

アソコが磨り減っちゃうよ。あたしとしない?」

 可愛く甘えてくるホステスに、こんな事を言われるのは悪い気はしない。

ただ、それは洒落にならない結果を生み出す。

 「やめとけよ。ホストとホステスが出来ちまうなんて、安っぽすぎるぜ」

 本当は、もっと安っぽい関係があるのだけれど。

そしてもっと・・・コストどころではない事実があるのだけれど。

 それをわざわざ言うほど、俺の口は軽くない。

 「俺、そろそろ戻るぜ。休憩時間なんだ。その後は先刻のマダムとクールなひと時ときた。

・・・お前らも、頑張れよな。早めに帰れよ。肌、荒れるぞ」

 「やっだ、マジぃ?」

 「またね、シンジ」

 ホステス達のテーブルにヘルプをつけ、俺は休憩室に入って煙草を一本だけ吸った。

念の為、ユーリの携帯に電話をかける。案の定、携帯はOFFになっている。

ユーリは今頃、マダムの亭主からいくらせしめている事だろう。

 俺のせいで。俺の為に。

 そう思うと今すぐそこへ駆けつけ、オヤジからユーリを引き剥がして抱きしめてやりたい衝動に

駆られる。

 が、それは出来る筈もない。

 だから、俺は稼ぐのだ。この業界で。この仕事で。リップサービスとSEXを生業としながら。

 製薬会社部長夫人とのSEXは、俺に残酷な暴力性を与える。

 もっとも、マダムの方は「若い人は野生的」などと言って意にかけてはいないが。

 あんたのせいなんだぜ。

 あんたのくれた、検査薬。



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