FILM2 SHINJI


コカインでダウンしたバンドマンが、崩れたテンポで「ラブミー・テンダー」を演奏している。

今夜、ダンスに誘われなかったのはラッキーだ。トークよりはダンスの方が気楽ではあるが、

それでなくても下手くそなババァのダンスに調子の悪いテンポのミュージックは最悪だ。

仕事中に、ドラッグなんかやるなよ。思わずそう言いたくなる。

「シンジさん、今日は元気ないのね」

俺目当てでしょっちゅうここに通う製薬会社部長の夫人が、怪訝そうに声をかけてくる。

俺は慌てて気持ちを引き締め直し、甘えたような顔を作った。

 「そうですか?飲みが足りないのかなぁ?」

 もともとは、あんたのせいなんだぜ、バァさん。

 こんな事は、勿論ホストとしては言ってはいけない。

 「乾杯しませんか?今夜はご主人、仕事で帰ってこないっておっしゃっていたでしょう?」

 半ば強引にシャンパンを運ばせる。シャンパン一本で10万も払うババァは信じられないが、

この中には俺の料金も含まれているのだ。シャンパンを俺が勧める夜は、マダム相手の

アフター、つまりはスペシャル・サービスを暗喩している。マダムは「あら、嫌だ」などと言い

ながら、全然嫌ではなさそうな、緩みきった瞳を年甲斐もなく潤ませている。

 「じゃぁ、乾杯」

 かっちりとしたスーツに包んだ骨と筋肉だけで出来た身体を、古くなって溶けた

チーズのようなマダムに軽く擦り寄せ、俺はグラスを合わせる。ちびちびやったりせずに、

男らしくグイッとグラスを傾けるのがポイントだ。どうせシャンパン位で俺は酔ったりしないし、

だらだらとマダムに勧め続けるよりもボトルの減りが早くなる。

 「シンジさん、あちらで・・・」

 ばつの悪そうな顔をして、ウェイターが割り込んでくる。別の指名が入っているのだ。

 見れば、早めに仕事を終えたらしい顔見知りのホステスが2人、酔った赤い顔をメイクで

隠してひらひらと手を振っている。

 「せっかくシャンパン開けたばっかりなんだぜ。

今は、駄目。これ飲み終えたら顔出すからって伝えてくれ」

 上客のマダムを簡単に放り出す訳にはいかない。毅然として言うのがコツだ。

クラブ内での立場関係をはっきりとさせる事が出来るし、誰の気を悪くさせることもなく、

スムーズに流れが決まってくる。

 暫くはマダムのご機嫌を取って、それからホステスと騒げばいい。

マダムのホステスに対する嫉妬が高まった頃合いを見計らって、自分の値段を吊り上げる。

これは数年のこの仕事で習得した技のひとつだ。

 シャンパンのボトルが半分より少し減った頃に、俺はマダムの耳元に唇を寄せた。

 「すみません。うるさい連中が来てるんで、ちょっとかまってきます。・・・後で戻りますよ。

待っていてくれますね、今夜は」

 今夜は、とわざわざ付け加えるのは、リップサービスのひとつでもあるが、

その後でたっぷりとギャラを頂くという事でもある。金さえ払わなければ、

誰にも・・・夫にさえ相手にされない欲求不満のマダムのお相手は、高くつく。

値段を決めるのは、勿論俺だ。

 どうせ、あんたの旦那も今頃ユーリから金を搾り取られてる頃だぜ。

 そう言ってやりたくなるのは、舌の上で押しとどめる。



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